2 十八才未満の少年兵

 それに朝乃は、孤児院がどうなっているのかも知りたい。なんせ朝乃が国外逃亡したのだ。さらに、裕也が軍から逃げた可能性もある。

 連帯責任により孤児院がどんな罰を受けているのか、不安でたまらない。孤児院の院長は賢く、頼りになる人だが、今回ばかりは子どもたちを守れないかもしれない。

「孤児院の名前と住所を教えてほしい。裕也君ともしゃべりたいが、孤児院の大人たちともしゃべりたい」

 朝乃は功に、大阪にある孤児院の名前と住所を教えた。

「ただ大人は、三人しかいません」

 そして、その三人の名前も教える。きっと功は、まだ子どもの朝乃と裕也は信用できない、大人と話したいと思っているのだろう。しかし、その考えは納得できた。

「次に、裕也君の連絡さきを教えてくれ。彼のメールアドレスは?」

「今はありません。十八才未満の少年兵はみんな、家族と連絡を取ることを禁じられているのです。電話もメールも、ものを送るのも禁止されています」

 朝乃の言葉に、功はまゆをひそめた。

「連絡を取れば里心がついて任務に支障が出る、また少年たちが軍の機密情報を漏らしてしまうかもしれないと、軍の方から説明を受けました」

 そのときのことを思い出して、朝乃は悲しくなった。裕也と連絡が取れないと、朝乃は彼が従軍してから知らされたのだ。従軍前は、連絡を取り合うことができると朝乃も裕也も思っていた。

 今、日本の従軍年齢は、男性は十六才で女性は十八才だ。孤児院の子どもたちは、ほとんどが従軍年齢にたっすると、慢性的に人手不足の軍に入る。なので朝乃も、十八才になれば軍に入る。裕也とは、二年間だけ離ればなれの予定だった。

「メールのやりとりに検閲がかかったり、通話映像が録画されたりするのはよく聞くが、連絡を取ること自体を禁止しているのか?」

 功の声は怒っていた。朝乃は怖くなって、身を小さくする。

「申し訳ございません」

 習い性で謝罪する。孤児というだけで朝乃たちを攻撃する人たちは、少なからずいる。見ず知らずの人たちから罵倒されるのに、朝乃は慣れていた。

 運の悪い孤児などは、何の非もないのに暴力を受けると聞く。幸いにして朝乃の孤児院では、塀に落書きされたり、ゴミを捨てられたりする程度で済んでいるが。

「君に対して、怒っているわけではないんだ」

 功はあわててしゃべる。

「怖がらせて、すまない」

 彼はまゆを下げて謝った。

「となると、孤児院に連絡するしかないな。ただ、ひとつだけ問題があって」

 そのとき、どこからか電子音声がした。

「メールが届きました」

「了解。誰からだ」

 功が返事する。

「細田功の声紋を確認しました。こんにちは、功。メールの差出人は、ドルーアです」

「タイトルと本文を見せてくれ」

 功はコンピュータに命じる。ローテーブルの一角に、メールの文面が映し出された。しかし文章は月面英語で、朝乃には読めない。

「ドルーアは足が痛むそうだ。病院に行くと言っている」

 功が翻訳してくれる。朝乃は、ドルーアのけがが心配になった。

「それから君の服と、……下着とか靴とかは、知り合いの女性に頼んだらしい」

 功は、言いづらそうに目をそらして下着と話した。

「お手数をおかけします」

 朝乃は頭を下げた。男性のドルーアには、女性の下着は買えないだろう。功は陽気に笑った。

「気にしなくていい。たとえドレスを十着買っても、ドルーアの懐(ふところ)は痛まない。それに知り合いの女性はどうせ、新しい恋人だろう」

 どくん、と朝乃の心臓は鳴った。ドルーアに恋人がいることが、ものすごくショックだ。彼には恋人がいるかもしれないと思っていたのに。

 朝乃は落ちこんだ。功が悩んだ顔つきで、朝乃を見ている。だがすぐに、まぁ、いいかとつぶやいて頭をかいた。

「話を戻すが、孤児院と連絡を取りたい。けれど、ひとつ問題がある」

「はい」

 朝乃はドルーアを、無理やり頭の中から追い出した。

「日本国政府は、日本の外にいる亡命日本人と、国内にいる日本人が連絡を取るのを禁じている」

「え?」

 朝乃は知らなかった。そもそも亡命日本人がいることも知らなかったが。

「それで連絡を取ったことがばれると、国内にいる人は罰金を支払わなければならない。ただし、俺と妻は今まで十回以上、国内にいる家族や友人たちとメールのやりとりをしている。一度もばれたことはない」

 結局、監視しきれるものではないらしい。だが万が一がある。万が一ばれたら、孤児院は罰を受ける。

「だから孤児院に連絡するかしないか、君が決めてほしい」

 ええー? と朝乃は情けない声を出しそうになった。けれど確かに、朝乃が決めなくてはならない問題だ。

 朝乃は孤児院に連絡したい。孤児院のことが心配だし、それに朝乃自身を助けてほしい。裕也とも話したい。しかし、もしばれたら孤児院は罰金を請求される。朝乃の国外逃亡に加えて、国外にいる日本人との連絡という罪まで加わる。

 でも、ばれる可能性は低そうだ。ところが朝乃の国外逃亡は、すぐにばれた。だから孤児院への連絡も、ばれるかもしれない。

 いや、もしもばれても、国外逃亡に比べれば小さな罪だからどうでもいいのか? だが、これ以上罪を重ねるのはやめた方がいいのでは?

 功は黙って、朝乃の決断を待っている。朝乃は、なかなか決心がつかない。功が決めてくれる方が楽だ。彼は大人で、なおかつ賢い。朝乃は子どもで、学のない孤児でもある。功の方が絶対に、正しい答を出す。するとまた、電子音声がしゃべる。

「ドルーアからメールが来ました」

 今度は功は無言で、ローテーブルをとんとんとたたいた。新しいメールの文面が映る。彼は顔をこわばらせた。

「ケプラー、今日の日本に関するニュースを映してくれ」

 不安そうな、あせった声で命令する。

「承知しました」

 電子音声、――功のコンピュータの名前はケプラーなのだろう、が答える。月面英語のニュース記事が現れた。文章は読めないが、写真は分かる。それは航空写真で、広大な宇宙港(スペースポート)の一角がもうもうたる煙に包まれていた。

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