3 十七才ということは、二十三世紀生まれ
朝乃が九才のとき、日本を含めた地球上の国々は、月面都市群と戦争を始めた。人類初の星間戦争だ。
そのとき朝乃と裕也の両親は、星間輸送会社に勤めていた。地球と月の間を、ときには深宇宙港まで、大きな宇宙船に乗って往復していた。そして開戦とともに、軍に協力するようになった。
だが二人とも、一年もたたないうちに死亡した。軍の補給物資を運んでいるときに、敵の攻撃を受けたらしい。通夜の席で裕也は、
「月のやつらを皆殺しにしてやる!」
と泣きさけんだ。朝乃も、からっぽの棺桶にすがりついて泣いた。宇宙空間での死亡なので、遺体を回収してもらえなかったのだ。
なのに朝乃は今、両親の敵である月面都市にいる。腰を抜かしている朝乃の隣で、外国人の男は難しい顔をして考えこんでいた。だが、やがて皮肉っぽく笑う。
「ここで、ぼんやりしていても仕方ない」
と言って、力のまったく出ない朝乃をかつぐ。くさいものでもかいだように、わずかに顔をしかめた。朝乃は顔を青くして、家の中まで運ばれた。敵国にたったひとりで放り出されて、これからどうなるのだろう?
裕也は、自分の身は自分で守れと言ったが、無茶にもほどがある。朝乃は、兵士でも何でもない。さらに学校に通っていないために、射撃を含めた戦闘訓練も受けていない。男は朝乃を、ていねいにリビングのソファーに下ろした。
「コーヒーと紅茶、どちらが好きかな?」
予想外の質問に、朝乃はとまどった。彼は、親切そうな笑みを浮かべている。朝乃は殺されたり、乱暴されたりしないのか? もしくは強制労働とか、捕虜収容所とか。あとは何があるのか、朝乃のとぼしい知識と想像力では分からない。
「それとも、オレンジジュースやココアの方がいい?」
男は、幼い子どもに対するような口調で聞いた。朝乃は、「朝乃を守る男のところへ連れていく」という裕也のせりふを思い出す。ということは、この男性は朝乃を守ってくれるのか?
「私は、紅茶がいいです」
二、三回くらいしか飲んだことはないが、まったく飲んだことのないコーヒーよりはましだろう。オレンジジュースと答えるのは、子どもっぽくて嫌だ。
「あなたは裕也の知り合いですか?」
裕也は彼に朝乃を守るように頼み、朝乃を彼のところへ送ったのか?
「いいや。僕の名前はドルーア・コリント。この名前に、聞き覚えはある?」
朝乃は首を振った。
「チャレンジャーズのデイビッドは? ベイビードリームのロバートは?」
分からないことを言われて、朝乃は首を振り続けた。ドルーアは苦笑する。
「僕も、たいしたことはないな。けれど日本では、僕の出演した映画もドラマも放送されていないから、仕方ないか」
「役者なのですか?」
朝乃は驚いた。ただ、こんな甘い優しげな容姿では、脇役しかできないだろう。主役は、もっと強そうな男性がやるものだ。
「そう。僕は人気者の大スター。映画にドラマにCMにひっぱりだこ」
ええー? と朝乃は思ったが、自称大スターの口は止まらない。
「ファンも多い。たいていは若い女性。そのエプロンに、サインを書いてあげようか? 高く売れるよ」
朝乃は、うっと言葉に詰まった。ぜひ書いてくださいと言ってしまいそうだ。貧乏が憎い。
「六か国語が話せて、『ありがとう』ならば二十か国語で言える。小さいものなら、宇宙船も操縦できる。ただ宇宙は今、気軽にドライブできるような平和な場所じゃないけれど」
ドルーアはどっしりと、朝乃の隣に腰かけた。あれ? と朝乃は思う。ドルーアは、人のにおいがしない。
「そしてまだ結婚していない。だから僕と恋人になりたい人間は、たくさんいる。月面でもっとも人気のある男、それが僕」
朝乃は考えこんでいるのに、彼は鼻高々としゃべり続けている。彼はナルシストらしい。この戦時下で、役者が異性にもてるとは思えない。
いや、そんなことより彼は、裕也の言う朝乃を守ってくれる人なのか? そうは思えないが、かといって敵とも思えない。
「君の年は?」
ドルーアは朝乃を、じっと見た。
「十七才です」
朝乃も彼を観察し返す。
「裕也は?」
「同じ十七才です。私たちは双子です」
「双子ということは、似ているの?」
「はい。よく似ていると言われます」
朝乃は笑った。ドルーアは首をひねる。
「十七才ということは、二十三世紀生まれか」
「2201年に産まれました」
「若いね。僕は、二十二世紀生まれの二十八才だ」
言うがはやいか、ドルーアは朝乃を抱っこして立ち上がった。きれいな顔が、びっくりするほど近くにやってくる。
「降ろしてください!」
朝乃は真っ赤になって、彼の腕から飛び降りた。
「歩けるかい?」
ドルーアは楽しそうに笑う。
「歩けます」
からかわれている。そうは分かっていても、ほおが赤くなる。裕也とはべったりと一緒にいたが、ドルーアは弟ではない大人の男性だ。そもそも成人男性自体、朝乃の周囲にほとんどいなかった。
「それはよかった、プリンセス。キッチンについておいで」
ドルーアは、ソファーの背後にあるドア、――彼が最初に登場したドアに向かった。
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