コンテストはまだ終わらない!

 アピールタイムの最後にキスをするというアグレッシブな演技で、うちの女装兄貴は会場の注目の的になっていた。ステージの中央で堂々と手を振っている男装役の小西こにしさんと違って、ピンク野郎はまだガッチガチに緊張している。


「すごい演技でしたねー、最後にひとこと感想を伺ってみましょう!」


 司会の生徒がマイクを持って来た。最初に話しやすそうな小西さんにマイクが向けられる。


「とても楽しい企画でした、ありがとうございました!」


 その凜々しい格好に合わない可愛らしい声で、会場からは拍手が沸き起こる。続いてピンクのボケ兄貴にマイクが向けられる。


「あ、えと、ありがとうございました!」


 こちらもその可愛らしいピンクの衣装に似合わない男声で、会場からは拍手の他に「よくやったー!」などと野次が飛んでいる。小西さんは兄貴と一緒に一礼して、それからステージを降りて、次のクラスの番になった。


「ケンちゃん……よくやったわ……」


 何だかママは半泣きになってる。息子が女装して人前でキスして泣いているんだろうか……?


「ねえママ、あれっていいの?」

「アレ?」

「だってホラ……キスしてたじゃん」


 するとママは吹き出す。


「やーだ、あーちゃん! あれは宝塚キスよ!」

「たからづかキス?」

「そう、ものすごいキスの振り! きっと練習いっぱいしたのね!」


 それからママは、劇においてキスに見えるような仕草があることを教えてくれた。すると何だか私の方が恥ずかしくなってきた。


「もしかしてあーちゃん、本当にケンちゃんがキスしたと思ったの?」

「そ、そんなわけないでしょ!?」


 うう……実は思ってたなんてもう言えないじゃない……。


「せっかくだし、残りの発表も見ていきますかね」


 ものすごい居たたまれなさで今すぐ家に帰りたいと思ったけれど、ここはママに付き合うしかない。私は恥ずかしさを忘れようと、残りの発表を見ることにした。


 3年生の発表はかなり気合いが入っていた。どこのクラスも、衣装もメイクもアピールタイムの使い方も細部まで作り込まれていた。特にホストとキャバ嬢になったクラスのダンスがかっこよくて、いいなあと私は思った。


「ちょっとこのクラス、他と違うわね」


 最後に登場したのは、吸血鬼になった男装役とゴスロリ服の女装役のクラスだった。それまでのクラスとは違うクオリティに会場からは拍手が飛び交った。


「ケンちゃんもあんな感じに黒くしたらかっこいいかもね」


 ママはこれ以上息子に何をさせたいんだろう?


 これで全てのクラスの発表が終わり、高校の生徒たちはクラス企画や模擬店のためにそれぞれの場所へ散っていく。私はグラウンドに同じ学校の子がいないか少しドキドキしたけど、私が見る範囲には知り合いは見当たらなかった。


 ほっとしたような、寂しいような複雑な気分だった。

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