第5章 女の子って難しい

女らしい振る舞いって何?

 うちのバカ兄貴が女装をすることになった学園祭まであと1週間になった。最近はクラス企画の準備もあるようで下校時間ギリギリまで残っているらしい。いいなあ、青春してるじゃん。


 かくいう私の学校の学園祭は6月開催だったので、もう終わってしまっている。1年生はわけもわからず準備をして気がついたら本番という感じだった。やっぱりこういうイベントは2年生以上にならないと楽しめないよね。


 で、今の兄貴の目指すところは「女らしい振る舞い」なんだそうだ。何やら図書館で本を借りてきて一生懸命目を通している。


「そんなに何を勉強してるの?」


 リビングのソファに寝っ転がっている兄貴の前には『女の子はじめました』『これであなたも立派なレディ!』という感じの小学校高学年の女子が読みそうな本が何冊か並んでいる。


「だから女らしい振る舞いだって」

「女の子はそんな格好で本を読まないと思うよ」


 すると兄貴はすっとソファに座り直す。素直か。


「それで、女らしい振る舞いはわかった?」

「何もわからん」


 ま、そうだろうね。


「そもそもさ、女装にそんなに女らしい振る舞いが必要なの?」

「もともとコンテスト自体がクラス選出の仮装ダンスパフォーマンスだったんだけど、今回からそれが3分間のアピールタイムに変更されてさ。だからうちのクラスはその時間を使って寸劇をすることになってて、俺は3分間マジで女っぽくならないといけないんだ」


 それで「女らしい振る舞い」なのか、なるほど。


「ちなみに、相手の男装チームの子はどんな子なの?」


 すると兄貴はにやっと笑ってスマホを取り出す。


「見るか? 向こうもこの前衣装リハーサルやったって写真が送られてきたんだ」


 すすっと兄貴が差し出した画面を、私は覗き込む。


「え、本当にこの人!?」


 黒のビシっとしたスーツに青いシャツにオールバック、そして帽子を持ってる姿は完全に宝塚の男役のようだ。まさしく「男装の麗人」というところだろうか。


「バスケ部のエースでさ、身長が170㎝もあるからかなり映えるだろう?」

「でもアンタ身長177㎝じゃん」

「それは、まあそれよ」


 せっかく背の高い女子が男装するのに、女装側のほうが背が高かったらあんまり意味もない気がするけど、世の中それほど都合がいい話もないか。


「それで、この人相手に寸劇をやるの?」

「まあ、そうなんだけど……俺が動くと皆オカマくさいって言うから……」


 うん、そんな気はする。動くとこいつは残念だからな。


「寸劇って、台詞も言うの?」

「いや、あらかじめ録音したものを会場で流してもらう。声は男女逆転していないから俺は女の声に合わせて動く、って感じだな」


 へえ、やっぱり本格的なんだ。


「じゃあ、もうその読み上げは終わったの?」

「録音はしたけどさ……何だか俺の声は残念だからって、別の奴が吹き替えることになった」

「なんとなく予想ができるけど……ちょっとやってみてよ」


 すると兄貴は胸に手を当てて台詞を読み上げる。


「待ってくれ、行かないでくれ、僕は、君なしで生きていけない!」


 ……確かに、これはダメだ。滑舌とか発声とかじゃなくて、なんかもう雰囲気がぶち壊される感じだ。私が残念そうな顔をしたので、兄貴は落ち込んでしまった。


「そんなにひどいのか……」

「で、でも格好はかわいいから! 格好と動きでカバーしよ、ね!?」


 ここにきて、意外な兄の一面を見てしまったかもしれない。天然ボケだと思っていたけど、まさかここまで演技ができないとは思っていなかった。果たしてこんな感じで「女らしい振る舞い」はできるんだろうか?

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