第66話 カルラ視点、あたしの出来ること
「え……ここどこ~?」
あたしが清掃局に入社して間もない頃。
希望を胸に抱いてワクワクしていたあたしは、ついついはしゃぎすぎてしまった。
管理部に配属となったあたしは、管理塔でのオフィスワークが主な仕事。
だけど今日は違った。
そう、おつかいを任されたのだ。
やった、現場を見ることが出来る!
内容自体は簡単なものだったが、現場のみんなとお話ができる。
焼却場の生作業がこの目で見られる。
貸与された許可石を握りしめて。あたしはワクワクしながら現場に向かった。
各施設は結界が張られているが、この許可石を持っていれば結界に弾かれることもない。
―――すっごい楽しい時間だった。
現場のみんなもすっごくいい人ばかり。
ルンルンの大満足で管理部への帰路についたあたしだったが、調子に乗りすぎた。
まっすぐ戻れば良かったのだが、寄り道してしまったのだ。
ゴミ焼却場はとてつもなく広い。
メインの焼却場以外にも多数の施設が存在する。
もちろんオリエンテーションで局長と各所を回ったのだが、そのほとんどは素通りだった。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ他の現場も見たい。
そう思って、今に至る。
「え……ここどこ~?」
なんか洞窟のような場所。施設なのかも良く分からない。
あたしは管理部の許可石を持っていたので、弾かれることなく中に入ってしまった。
そしてあたしは遭遇してしまう。
その奥にいる怪物に。
〖なんだ〗
〖こむすめだ〗
〖なにしにきた〗
10本の首をもつ巨大なヒドラ。
見た目は随分くたびれているが、あたしにとっては恐怖の塊以外のなにものでもない。
「ひ、ひぃい……」
あたしはあまりの恐ろしさに腰が抜けてしまい、その場から動けなくなってしまった。
全ての首は鎖でつながれているだから、ここまでは来れないと思うけど。
身体の震えが止まらない。
〖こいつビビってる〗
〖ああ、われをおそれている〗
〖ひさしぶりのかんかく〗
〖ここちよい〗
〖もっとよこせ〗
1つの頭が大きな口を開けた。
その口の奥には真っ赤な炎が―――
ダメだ……
あんなのぶつけられたら間違いなく死んでしまう。
だからといって、あたしはなにもできない。
自身の固有能力を使う事すらできないほど、震えていた。
ただただ目を瞑って恐怖に怯えていると―――
―――ボウっ!
という音と共に吹き上がった炎によって、ヒドラの炎はかき消された。
「―――大丈夫か? ここは勝手に入っちゃいかんぞ。そいつはまだまだ元気だからな」
それがバートスさまとの出会いだった。
◇◇◇
それからは、バートスさまといっぱいお話するようになった。
現場に行くと嫌な顔一つせずに迎えてくれる。
バートスさまを交えて、他のみんなとも仲良くなれた。
助けてもらった時から、ずっとバートスさまはあたしのヒーローだった。
「ふう……またこいつに会うなんて」
10本を見るのは、あの出会いの日以来だ。
そして、あの時は怖くてなにもできなかったけど。今は違う。
もう怖くない。
なんてことはなく、怖い……
正直バートスさまのうしろに隠れたい。
あたしのヒーローの傍にいたい。
でもそれじゃ何も変わらない。
あたしは変わったんだ。
怖くても今は一歩踏み出すことが出来る。
リズたちと旅をして、とんでもない魔物たちを討伐して、自分の能力の可能性に気付いて。
あたしの出来ることをやるだけ。
バートスさまは、より強い【焼却】を使うために今は動けない。
リズとエレナはバートスさまの傍にいないとダメだ。暴走のリスクが高まるはずだから。
バートスさまが集中できるように。
―――あたしが10本の相手をする!!
砦の一番前に立つと、10本がケタケタと笑っている。
たしか恐怖を食べるとか……つまり今は悦に浸っているということなら……隙はあるはず。
とはいえいつものように全身【活性化】だと、この巨体の10本には近づくことすら出来ないだろう。
だったら!
「―――【活性化】脚部集中!!」
あたしは脚に筋力を全振りした。
「さあ~~いくよ~~!!」
地面を思いっきり蹴り、弾丸のような速度で砦から飛び出す。
―――うわっ! 想像以上にはやっ!
一瞬で10本の眼前に踊り出したあたしは、そのままその巨体に衝突しそうになる。
―――ぶ、ブレーキ!!
すんでのところで止まり、ふぅっと息を吐き頭上を見上げる。
〖なんだこいつ〗
〖どっからきた〗
〖まあいい〗
〖つぶれろ〗
10本の巨大な前足が、あたしを潰そうと頭上から迫る。
あたしは瞬時に地を蹴り、その場から消えた。
「ば~~か、そんな鈍足であたしは潰されないよ~~だ!」
〖なんだどこいった〗
〖いた、こっちだ〗
〖こんどこそつぶれろ〗
今度は上空に向かって地を蹴る。
〖あれ、またいない〗
〖おい、そこだ〗
〖そこってどこだ?〗
〖そこはそこだバカ〗
あたしは10本の頭のひとつに乗っている。
お次は―――
脚の筋肉を戻して―――
「―――【活性化】腕部集中!!」
腕の筋肉がみるみる発達していく。
「さあ~~思いっきりいくよ~~
―――カルラ~~~ぱ―――んちっ!!」
ドゴッ!という鈍い音と共に、10本の脳天にあたしのパンチが炸裂した。
〖ぐぬ〗
〖やろう〗
〖なんだこいつ〗
〖へんなからだ〗
〖キモイ〗
うっさいな~~
本当はこんなにムキムキになるの。あたしだって好きじゃないだよ。
だって年頃の女子なんだからね。
でも―――
これはあたしだけの力だから。
その後も【活性化】を使い分けて、なんとか10本の注意を逸らす。
決定打を与えられるなんて思っていない。
時間を稼げれば――――――それでいい!!
もう少し距離を取って飛び回った方が良いかもしれないけど。
近接してわかったことがある。
得意の強力な炎を放たない。たぶん同士討ちになるからだ。
〖このやろう〗
10本が大きな口を開いてあたしに迫る。
ギリギリでその場から別の頭に飛び移った。その勢いのまま、頭にかぶりついてしまう10本。
〖いてぇ〗
〖おまえじゃま〗
〖なにお、かみやがって〗
〖おまえごともやすぞ〗
〖やってみろおまえこそもやしてやる〗
〖おい、ケンカはやめろ〗
10本が揉めている。
これでいい。
時間は稼げてる。あたしの仕事をしっかりするだけ。
それから―――
どれほどの時間が経っただろうか。
腕をムキムキにして殴り、脚をムキムキにして飛び回り。
とんでもない速度で変わる風景に、緊張感と恐怖と疲れが重なる。
くっ……もう魔力が。それに体に負担を掛けすぎてる。
あきらかに固有能力【活性化】の使い過ぎ。
さらに慣れない使用で体中が痛い。
「―――【活性化】脚部集中!!」
……っ! 筋力が……!?
ダメだ……もはやあたしの体にはなんの変化も起こらない。
10本の頭からブンっと振り払われて、あたしは地面に叩きつけられた。
〖こいつ〗
〖ようやくおとなしくなった〗
〖もやそう〗
〖それがいい〗
〖かんぜんにはいにしてやる〗
複数の頭が口を開いて、その奥から真っ赤な炎が噴き上がってくる。
あんなものが直撃したら確実に灰になるだろう。
なんか思い出すな。
視界がぼやけているけど、前と同じ光景だ。
でも今回は怖くない。
なぜなら――――――
――――――ボウっ!
あたしの良く知っている炎が10本の炎を消してくれるから。
10本が放った炎は完全に相殺される。
そして、フワっとあたしの体が持ち上げれた。
「カルラ、良く頑張った。もう十分だ」
ほらきた、あたしのヒーローが。
「あたし、役に立ったかな」
「ああ、最高だ! さすがカルラだ!」
一番聞きたい言葉が聞けた。
頑張って良かった。
「カルラ! 大丈夫ですか!」
リズがポーションをグイグイ飲ませてくれる。
バートスさまの腕の中という最高の場所で、飲むポーション。
なんか戦闘前よりも力がみなぎってくるような……ぼやけていた視界も回復していき……
「―――って、バートスさま!! 10本の炎が迫っているよぉおお!!」
10本から複数の炎が放たれる。
「ああ、大丈夫だ。みんな来てくれたからな」
「え? みんなって―――うわっ!!」
10本の迫りくる炎は全て眼前で別の炎に相殺される。
え、なにこの炎!!
バートスさまのじゃない!?
でも、どこかで見たことある。
バートスさまの背後に、人影が次々に現れる。
これ、魔王さまの転移魔法だ。
ああ、この人たち……
「ば、バートス? この方たちは……?」
「俺の元同僚たちだよ。リズ」
そう、かつての職場の仲間だ。
「み、みんな~~~」
サムズアップであたしに答えてくれるみんな。
そしてバートスさまが10本に視線を向ける。
「さて、俺の【焼却】は十分にためたぞ。
待たせたな10本。さあ――――――仕事の時間だ!!」
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