第37話 おっさん、最強の火魔法使いに会う

 教会を出て1週間がたった。

 俺たちの前には大きな湖が見えはじめた。


「そろそろミスリルドラゴンが出没する地区に入りますよ」

「お、おう」


 いよいよか。


 ドラゴンは前方に広がる湖に住み着いているらしい。

 近くに人の町はない。だがドラゴンは空を飛ぶ奴がいるからな。


 ここを住処にして周辺に出没しては被害が出ているとのことだ。



「リズ、ミスリルドラゴンってのはとんでもなく硬いんだったな」


「ええ、バートス。ミスリルと言う最硬度の材質と同等、もしくはそれを上回る硬さとも言われています」

「マジか……どうやって討伐するんだ?」

「はい、バートスの炎と私の氷魔法で緩急をつけて攻撃するつもりです。その後【活性化】したカルラの打撃と私の打撃を加えようと思っています」


 リズによると、金属は熱したあとに冷やすと脆くなるらしい。

 そこへ打撃を加えるというわけだ。


「リズは物知りだな」

「フフ、本の知識ですから。実戦はまた違うと思います」


 まあたしかにそうかもしれん。

 だが、リズはその知識をフル動員してことに当たっている。


「予定通りにはいかないかもですが、みなさんは頼りになりますから」


「ハハッそうだな。おっさんも頑張って燃やすよ」

「バートスの【焼却】だけで片付いてくれればいいんですけどね」


 そうはならんだろ。


 何と言ってもSS級の魔物だぞ。本気でヤバイやつだからな。


「ところでリズの打撃とは? なにかやるつもりか?」


「はい、これです」


 そう言うとリズは持っている聖杖をブンと一振りしてみせた。


「聖杖に氷の魔力を集中して、強力な打撃を放てないかと考えているんです」


「なるほど、たしか聖玉が新しくなって、より強力な魔力が込められるようになったんだったか」


「そうなんです。色々試せそうです。ただし打撃はドラゴンに接近できればの話ですが」


 まあ、そうか。ドラゴンはデカいだろうからな。


 ていうか接近する気なのかよ……



『いやじゃ……』



 んん? 聖杖からぼそりと声が漏れる。


「フフ、エレナ。そんな事言わずに力を貸してくださいな」


『ドラゴンこわいのじゃ……』


「エレナ。聖杖はリズにとって大事な武器だぞ。おまえの頑張りで勝敗は決まるかもしれん」



『やだやだ~~ドラゴン殴るとか~~普通におかしいのじゃ~~』



 聖杖が情けない声を上げて、駄々をこねる。

 だが、たしかにドラゴン殴るとか……俺もぶっちゃけ怖いけどな。


 若干エレナには同情する。


『聖女はうしろにで~~んとかまえて、ふんぞりかえってればいいのじゃ~』

「そんな余裕はうちにはありませんよ」


『なんでじゃ~~聖女は大軍を引き連れているのじゃ~』

「そんな人たちはいません。わかってるでしょうエレナ。ここにいるのが全員です」


『ふぇえええ~~ひっぐ……』


 泣くなよ……


 拗ねてしまったのか、それ以降聖杖はじゃべらなくなった。


「にしてもリズは軍の指揮とかできるのか?」


 聖女とは大軍を率いるもの。らしいが。


「いえいえ、できませんよ。もちろん聖女教育で座学として一部学びましたが、現実的には難しいですね」

「そうか……まあそうだよな」

「実際の指揮は軍の方が取ります。聖女はどちらかというと、討伐隊の象徴というか精神的な支柱のような役割なんだと思います」


 確かにリズの言う通りかもな。

 戦うやつらにとっての、女神みたいな感じなのかもしれない。


「フフ、バートス。私には素晴らしい従者がいますから。それで十分ですよ」

「そうか、いや。余計な事を聞いてしまったな」



 リズと会話を重ねるうちにいつの間にか日は落ちて、少しひんやりとした風が肌にあたる。


「さあ、もう日も暮れます。今日はここでテントを張りましょう」

「そうだな。明日は朝から探索するのがいいだろう」

「ああ~~あたしお腹空いたよ~~」


 俺たちは役割分担をして、テキパキと野営の準備を進める。


 俺が簡易テントを組み立てる間、カルラは水の確保。

 そしてリズが夕食を作る。


 リズは料理が上手い。教会の修行時代に色々やっていたらしい。


「さて、みなさんできましたよ~~!」

「うわ~~リズ~今日はなに~~」


「今日はトマトと干し肉のスープにしてみました」

「おお、美味そうだな……」

「あたしトマト大好き~~」


 もちろん野営食なので簡素ではあるが、限られた食材を使ってとてもいい感じに仕上がっている。


 リズがみんなにスープを入れ始めた。

 3つの器にスープが盛られたあたりから、聖杖が揺れ始める。


 カタカタ……


「はいはい、ちゃんとあなたの分もありますからね」


 カタカタカタ……


 リズはもう一つ器を出して、スープをよそう。



 ―――ボンっ!



 聖杖が爆発した……のではない。


 聖杖はロリ天使に姿を変えて、スープに舌なめずりしていた。


 エレナだ。


 エレナは自身の固有能力である【武器化】により、普段はリズの聖杖となっているが、天使の形態に戻ることもできる。


 当初は俺たちもビックリしたものだが、1週間もたつと流石に慣れた。


「ねえ~~エレナって食事の時だけ天使に戻るよね~~」


 俺はエレナに視線を向ける。


「―――じゅるり」


 じゅるりじゃないんだよ。


「移動の時とか天使になって自分で歩くとか、野営の準備手伝うとか~~ないのかな~~」


 再びカルラの問いかけに対して、ロリ天使は。


「―――じゅるり」


 同じ反応かい。


 この子は相変わらずの性格だな。


「ふう、この子は本当にしょうのない子なんだから」

「カルラ~~そんなことよりはやく食べるのじゃ~~」


「そうだな。せっかくリズが作ってくれたんだ。熱いうちに頂くか」


 俺たちは温かい夕食を取り、しばしの幸福な時間を堪能した。



 後片付けは珍しくエレナも手伝っていた。

 この子もちょっとずつ学んでいるのかもしれんな。


「うまかったのじゃ~~リズのスープうまかったのじゃ~~♪」


 エレナがお腹をポンポンと叩きながら、陽気に鼻歌を鳴らしていた姿にみんなほっこりとした気分になった。


 そんな和やかな雰囲気だったのだが―――


「バートスさま、なにか近づいてくる!」


 カルラの鋭い視線が俺に飛んできた。


「ミスリルドラゴンか、カルラ?」


「違うよ……魔物じゃないし魔族でもない。人間のにおいだよ」



 湖畔の方から黒い影がゆらりとこちらに近づいてくる。



 ―――人間か。


 俺たちの前に会われたのは初老の男性。



「これはすまない。夕飯後のなごやかな時間にお邪魔してしまったようじゃな」


「―――! あなたは……!?」


 片付けをしていたリズが驚きの声を上げた。


「聖女リズロッテ殿か、久しぶりだな」


「ご無沙汰しております。でもあなたが、なぜこんなところに?」


 どうやらリズとこの男は知り合いのようだ。

 だが、こんな人里離れた湖に1人でわざわざくる理由はなんだ?


「元気にやっているようじゃな……だが、残念なお知らせがある」


 男はローブをなびかせて鋭い視線を全員に向けた。



「聖女リズロッテおよびその一行には―――ここで消えてもらう!!」



 明らかに殺意のこもった男の声に、俺たちは戦闘態勢に入る。



「リズ。このじいさんは誰なんだ?」


「彼はアルバート王国魔法師団長。


 この王国で――――――最強の火魔法使いです」






―――――――――――――――――――


エレナが聖杖の状態でのセリフ『』

天使状態でのセリフ「」で表記しております。










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