第34話 おっさん、野良天使に出会う

「バートス……あれってもしかして」


「―――そうだな。リズあの頭上の輪っかは」



 ゴーストの灰から出て来た幼女。


 セミロングのピンク色の髪に透き通るような青い瞳。

 おうとつの無い小さな体。


 そして、この子の頭には光輝く輪っかが浮いていた。


 おそらくは―――


 天使の輪だろう。



「あれ? われ……ゴーストじゃない……」


 いや、そうだよね?


 ペタペタと自身の体をさわったり、ほっぺたをつねってみたり。

 なんか本人が一番混乱してそうだが。


「ゴースト、おまえは天使なのか?」


 俺はぺたんと座る幼女に問いかけた。


「そうじゃ……われは天使のエレナじゃ。お主、たしかバートスと言ったか?」


「ああ、俺はバートスだ……って! おい!?」


 なに? どうした!?


 エレナがボールみたいに飛んできて、俺にヒシっと抱き着いてきた。



「わぁ~~ん! ようやく元に戻れたのじゃ~~」



 そして俺の腕の中でガン泣きする幼女。



「バートスのおかげじゃ~~」

「俺は燃やしただけだぞ?」

「われは人間界に来てから、ず~~~~~とゴーストに取り憑かれておったのじゃ~~」


「てことは、俺がそのゴーストを燃やしたってことか?」

「そうじゃ~~バートスは命の恩人じゃ~~」


 そう言うと、エレナは再び俺の腕の中でビービー泣き始めた。


 まあ色々と思うところはあるが、色々事情があったようだ。

 ちょっとぐらいは好きにさせてやるか。


 ガン泣きとともに鼻水も盛大にビービー出ているのは勘弁して欲しいが。

 それだけ感極まっているのだろう。


「ちょっとあんた! あたしのバートスさまに好き勝手してるようだけど、天使がこんなところでなにしてんのよ」


 そこへカルラが俺とエレナの間に割って入ってきた。

 なんか目が怖い。


「別になにもしてないのじゃ。われは天界の指示で人間界にいるわけではない、天然の自由気ままな天使じゃ」


 エレナが自信たっぷりに、エッヘンと胸を張る。

 存在感がまったくない、平坦な胸。向かい合うカルラがそれはそれは揺れているので、ことさら引き立つ。



「ようするに野良天使ね」



「野良ちゃうわ! なんじゃこの娘、無駄にデカい乳をぶら下げおって。クンクン……うぬ、お主魔族じゃな」



 エレナもカルラと同じく鼻が利くらしい。


 というか天使も魔族もにおいがするものなのか? おっさんはなにも感じないけど。



「ふん、無駄乳おんなはどうでもいいのじゃ。それよりもバートス~~お主は我の救世主じゃ~~われの夫にしてやるのじゃ~~」

「何言ってんのよ! お子様のくせして!」


「何言ってるんじゃ、われは300歳じゃ。大人の女なのじゃ!」

「なにそれ? 300年間成長止まってるじゃない! あんたみたいなロリっ子貧乳はバートスさまの趣味じゃないの! あたしみたいなのがいいの!」


 おい、俺の乳の趣味を大声で言わないでくれ。


 まあ……デカい方がいいとは思っているが、そんなことは誰も聞きたくないだろが。


「とにかくバートスさまから離れなさいよ~~この野良天使~~」


 とうとうムチムチ魔族とロリっ子天使が、取っ組み合いのケンカをはじめてしまった。


 しょうがない……


「よし、2人ともいったん大人しくするんだ」

「まったく……カルラも子供じゃないんですから」


 俺とリズで二人を引き離す。


「ふむ、まあバートスがそう言うならしょうがないのう」

「あたしもバートスさまの言うとおりにする~~」


 取り合えずエレナを椅子に座らせる。


 まずはエレナから話をしっかり聞かないとな。


 今のところガン泣きして鼻水たらしてケンカしただけで、彼女の事が良く分かってない。


 そこへ避難していたみんながキッチンに顔をだした。


「「「ええ! ゴーストじゃなくて天使さまなの!?」」」

「「「わぁ~~天使さまだ~~」」」


 シスターや子供たちが驚きと歓喜の声をあげる。


 まあ教会だし。そりゃ天使がいればテンションも上がるか。



「―――ふむ……われあまり人ごみは苦手じゃ」



 おもむろに立ち上がり、なにも無かったかのように立ち去ろうとする野良天使。


 俺はその天使の手をガシっと掴んだ。



「ちょっとまてエレナ」



「なんじゃ? バートス?」


「エレナはまず、やるべきことがあるだろう?」


「え? ないのじゃ。われはこれでおいとまするのじゃ。そうじゃ夫であるバートス、お主は妻であるわれと一緒に来るのじゃ」


 鼻をフンと鳴らして、当然のごとく言い放つ天使。


 いやいや、おいとまするんじゃない。

 あと勝手に結婚させるな。


「違うだろ、君は教会に迷惑をかけたんだぞ」


「しょうがないの~~われの身の上話をしてやろう」


 俺の問いかけにも答えず、急に語り出したエレナ。

 まあ一応聞いてやるか。


「われはちょっと嫌な事があって天界の家を出ておってな。まあ人間界に遊びに来たのじゃ」


 つまり家出したと。


「そしたら天界と魔界のいざこざが起こってしもうて、天界に帰れなくなってしまった。だからあてもなくブラブラとしておった」


 戦争がはじまって天界に帰れなくなって、野良をしていたと。


「ある日、ゴーストと肩がぶつかっての。そこからケンカになってしもうた」


 いや、なんだその不良のケンカみたいなん。


「われ善戦したのじゃが、ゴーストに取り憑かれてしまってのう。そこからバートスが助けてくれるまでの記憶はないのじゃ。だから悪しきことはすべてゴーストのせいじゃ」


「記憶がない?」


「そうじゃ、悪いことはなにもしとらんのじゃ」


「じゃあ、からあげはうまかったか?」


「あれは美味じゃ~~われの好物のひとつなのじゃ!」


「では、どーなつはどうだった?」


「最高じゃったぞ~焼きたてでサクサクあま~いのじゃ! 今日はラッキー日じゃった!!」



「つまり全部覚えてるんだな?」



「……はれ? し、しまった……ち、違うのじゃ! 今日はおやつの日とか知らなかったのじゃ!」


 しまった言うんじゃない。


 教会のみんなの目が白く変わっていく。


「これはダメですね」

「ああ、リズ。これはダメだな」


 この野良天使、ゴーストに取り憑かれはしていたのだろうが、意志は持っていたな。



「エレナ、まずは教会のみんなに謝罪しないといけないぞ」



「しゃ……ざい?」


「そうだ、天使だろうがゴーストだろうが、どんな過去があろうが罪は罪だ」


「う……うむ」


「まず最初にすべきはみんなに謝ることだ。わかるな?」



「う……ご、ごめんなさいなのじゃ~~」



「「「お腹空いてたんだよね?」」」


 みんなに謝るエレナに、子供たちが優しく彼女の頭を撫でた。


「そ、そうじゃ……われはいつもお腹すいておった……」


「「「じゃあごはんたべたくなるよね」」」


「そ、そうそう、我慢できんかったのじゃ」


「「「でも、かってにたべちゃダメだよ。ちゃんとみんなといただきますしないと」」」


 そんな子供たちの天使の笑顔に、再び泣き始める野良天使。



「うわぁあああん~~われ優しくされたの久しぶりなのじゃ~いつもゴースト、ゴースト追い立てられて~」



「じゃあこれからはいっしょにたべよー。」

「そうそう、みんなでたべた方がたのしいよ~~」


「う、うむ! なのじゃ!」


 子供たちの笑顔がエレナの顔を明るくする。

 いや、普通は逆な気もせんでもないが。しかしこの子も反省はしているようだ。



「バートス、ここでエレナに働いてもらうのはどうでしょうか?」

「なるほど、教会なら天使のやることもありそうだしな、名案だぞリズ」


 自分のしたことに責任をもつのは当然の事だし、エレナの罪滅ぼしににもなる。

 子供たちには心を開いたようだし、彼女もさすがに自分のすべきことは分かるだろう。



「どうですか? エレナ?」


「ええ~~なに意味わからんこと言ってるのじゃこの聖女?」


「い、意味わからないって……」


「なんでわれが働かなきゃならんのじゃ? われは子供たちとごはんをたべるのじゃ!」


 リズの額にヒクっとかわいい血管が浮く。



「―――われ、働くのやなのじゃ!!」



 こいつ……まったく分かってなかった。



 そしてリズがフフっと笑みをこぼした。怖い笑みだ。これはヤバい……


「バートス。やはり教会でみっちり鍛えてもらった方が良さそうですね。問答無用で! ビシバシと!!」



「なんで~~~!!」



 しょうのない野良天使の声が教会に響くのであった。




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