第31話 おっさん、髪を切る(散髪の鬼リズ)

 俺たちはここ数日の間、教会でのんびりとした時間を過ごしていた。

 リズの聖杖を修理してもらうためだ。


「バートスさま~~こっちはできたよ~~」

「よしカルラ、あとは礼拝堂だな」


 俺とカルラは拭き掃除の真っ最中である。


 3食寝床付きでなんと無料なのだ。

 さらにリズが聖杖の修理代を渡そうとしたが「私がリズにしてあげられることはこのぐらいしかない」と神父はそれも受け取らなかった。


 さすがにずっとただ飯というのもアレなので、出来ることは手伝っている。




 しかしずっと魔物討伐の旅だったので、たまにはこんな時間を過ごすのもいいもんだ。



 リズはというと、教会にきた子供たちにちょっとした勉強を教えている。彼女は元々いいとこの貴族令嬢だったので文字の読み書きは当然の事、基礎的な勉学を習得しているとのことだ。


 それに聖女だからというのもあるのだろう、子供たちはキラキラした眼差しで彼女の授業を受けている。



 俺はリズの授業を見ながら、礼拝堂に並んだ机や椅子を拭いていく。


 うむ……楽しそうだな。


 本人に子供たち、そしてまわりのシスターたちも。


 リズには教える才能もあるのか。



「さて……これでしまいだな」


 雑巾を絞って、くぅ~~と伸びをする。

 のんびりとした達成感が心地よい。


「バートスさま~ずいぶん髪伸びたね~~」

「ああ、こっちに来てから一回も切ってないからな」


 カルラの言う通りかなり伸びたし、けっこうボサボサになってきた。


 前髪が目に入って、ちょっとうっとおしい。



「バートス、よろしければ私が切りましょうか?」



 振り返るとリズがいた。ちょうど授業が終わったらしい。


「切るって、リズは散髪もできるのか?」

「はい、素人ですがある程度は整えられますよ」


「バートスさん、リズはすっごい上手だよ! 教会では散髪のリズって言われてたから!」


 リズの親友であるシスターマリルが、横からひょこっと顔をだす。


「そうなのか? じゃあお言葉に甘えようかな」



 ということで、俺はリズに散髪してもらうことになった。



「フフフ~~ラッキーだねバートスさん。こんな美少女に切ってもらえるなんて嬉しい?」

「ああ、そうだな嬉しいよ。おっさんは運がいい」


「ちょっとマリル! 余計な事を言わないで! 手元が狂うでしょ!」


「ごめ~~ん。リズの大事な時間だったね~シスターマリルお口を閉じてま~す」


 シスターマリルは終始ニヤニヤしている。


 仲のいい2人だな。出会った当初は友達もいないとか言ってたリズだが。たくさんいるじゃないか。


「―――あら?」


 そんな微笑ましい光景と心地よい頭の刺激を満喫していると、リズの声が俺の頭上からもれた。



「―――くっ……これは」



「どうした? リズ、大丈夫か?」


「いえ、ちょっとバートスの毛が……なかなかの剛毛ですね」



「うわ!(リズ、それ剛毛ってレベルなの!?ハサミの刃がかけちゃってるじゃん!)」

「ええ!(ですが散髪リズと言われた私に切れないものはありません)」


 なんか頭上でリズとシスターマリルがゴニョゴニョしはじめた。何を言ってるのかはよく聞こえんが。


 どうやら、なにかしらトラブルが発生したらしい。


「リズ。無理はしなくていいぞ」


「無理……?」


「ああ、リズも切るのは久しぶりなんだろう。それに俺の髪はちょっとクセがあるらしいしな」


 魔界でも専門の散髪屋に行ってたからな。

 店員さんも俺に合ったハサミを使ってくれていた。たしかアダマンタイト鉱石のハサミだったけか?よくわからんけど。



「リズも切るのは久しぶりなんだろう。まだこのままでも大丈夫だし」


「まだ大丈夫ですって……」


 あれ? 


 リズの様子がおかしい。


「シスターマリル! この教会で一番良く切れるやつをもってきてください!!」

「ええぇ……でもこの教会にハサミなんてそれしか……」


 驚くマリルになにか耳打ちするリズ。


「ええぇ、それ本気で言ってるの?」

「いいから! 急いでください、シスターマリル!」


 さらにひきつった顔をするシスターマリルの尻を叩いて、何かを取りに行かせるリズ。


「お、おい……リズ」


「バートスは黙っていてください! 散髪してるんですから!」



 ……ヤバイ、なんかリズの隠されたスイッチが入ってしまったようだ。



「り、リズ。一応これがうちで一番切れそうなやつだよ」



 ハサミなんてどれも同じような気がするが……



 って――――――



 包丁じゃねぇか!!!



「お。おい、リズ」


「フフフ、これなら……さぁ始めましょうか。バートス」


 ダメだ俺の言葉はもう届かないらしい。



 その後ひとしきり包丁をふるったリズであったが、うまくいかなかったようだ。



「ほほう……これでもダメですか」


 なんか包丁を見てブツブツ言ってる。

 どうしちゃったの……リズさん。普通に怖いのだが。


「なるほどなるほど……よくよく考えてみれば、バートスの髪はあの炎にも耐えうるもの……少し侮っていました」


 一人で合点のいった相槌を打つリズ。


「あ、あのリズさん。もういいんじゃ? そこまで無理しなくても」



「バートス! 私は無理などしていません! 見せてあげますよ、散髪リズの真の力を!」



 なにやらリズがブツブツ言い始める。


 おい―――これは、まさか……


「ええ! リズなにやってるの!」


 シスターマリルもこの異変に叫び声をあげる。



「何って? ――――――散髪に決まってます」



 違う!


 絶対に違う気がするぞ!


 なんか詠唱してるし!



 うしろを振り向こうとすると


 リズがガシっと頭をつかまれて、ぐりんと前を向かされる。


「勝手に動いちゃダメですよ、バートス。手元が狂ったら危ないですからねぇ」



 怖い……そして、なんか冷たい空気が流れてきているけど。



「氷の精霊よ! その凍てつく刃で敵を切り裂け!

 ―――――――――氷刃魔法アイスカッター!!」



「さあ、準備は整いましたバートス」



 ひんやりとした何かを手にして、フフフと笑うリズ。



「……はい」



 もう頭をがっしり固定された俺には、頷くことしかできなかった。



 そして1時間後……



「やった~~やりましたよバートス! スッキリしましたね!」


 無事に? 散髪を終えたリズが歓喜の声をあげていた。


 出来あがりを見てみる俺。



「おお! 凄くいいな! リズ凄いじゃないか!!」



 後半はかなり怖かったが、出来上がりを見て俺は感動した。


 これは素人どころかプロ並みじゃないのか。


 冴えないおっさんでも、かなり良くなっているように思える。



「……いい!」


 横にいたシスターマリルも褒めてくれた。なぜか頬が赤くなっている。


 そして他のシスターたちも集まって来た。


「「「「「いい!」」」」」


 彼女たちは俺を見るなりそう言い、なぜか頬を赤くする。

 それだけリズの腕前に感動したということか。


 リズに視線を向けると。


「しまった……やりすぎてしまいました……」


 と呟き、なぜか落ち込んでいた。


「アハハ、たしかにやりすぎちゃったね。リズとしては困るのかなぁ~~」

「ちょっと! なぜ私が困るんですかマリル!」

「あれ~~じゃあわたしもバートスさんともっとお近づきになろうかな~」

「ダメです! そ、その……バートスは私の従者ですから」


 よくわからん会話だ。

 なぜそんなにガックリするんだ?


「アハハ、冗談よリズ。でも~~バートスさんの髪を切ってあげられるのはリズだけだね」



「―――っ! 私……だけ?」



「そうだな、これからもよろしく頼むよリズ」


「……はい。 もちろんですバートス!」


 落ち込んでいたリズに笑顔が戻ってきた。



「さあ、そろそろ昼食ですね。行きましょうバートス」

「ああ、そうだなリズ」


 あ~~サッパリした。

 これで気持ち良く昼飯が食べられる。と思っていたのだが……



「――――――キャァアアアア!!」



 食堂からシスターの叫び声が飛んできた。



 どうやら今日は、のんびりとした1日にはならないらしい。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る