転生したので、99周目のヒロインと全員救うルートを目指す
金魚が起きている
第1話 スタート
ソファで寝転がり、ぼんやりと何も考えずスマホを見ていると、妹がソファの前に座る。そうしてテレビにゲーム機をセッティングすると、充電コンセントが刺さっていたコントローラーを手に取り、開始ボタンを連打する…テレビでゲームをするときの彼女のテンプレートであり、すでに掴まれたり踏まれたりと酷使された猫のクッションが潰されている。
この行動を何度も見ている俺は察していた……妹は、今から“プリズン♡ラブスクールデイズ“というゲームを始める。
可愛らしい音楽、起動音と共に聞こえるイケメンなボイス…やはりあのゲームだ。
「お前、またそのゲームやんのかよ…」
うんざりとした顔で妹にそう声をかけると、むっとしたような顔でこちらを見ては
「えー、あたしがなんのゲームしてたってあたしの勝手でしょ。」
と言い返してくる。なんだコイツ…とさらにイラッとする。
まぁ待てよ、俺だって同じゲームをし続けているだけならここまで文句は言わない。だけどな、コイツは俺の前でこのゲームをやるときは、ずっとOP〜一年目の体育祭までしか流さないんだ。
一生一年目の体育祭…しかもほぼ同じようなイベントを見せられて怒らないやつがいるだろうか、否!いない!
「お前なぁ…それなら体育祭以外も見せろよ、流石の俺だって同じシーンばっか定期的に見せられたら怒るぞ?」
そうジトっとした目で、恨みをこめながら言ったものの、妹はどこ吹く風。なんとでもないように、
「…そんなこと言ったってさ、お兄ちゃん、ここ以外のシーンみたら辛くて泣いちゃうと思うよ?」
そう話す。…ならしょうがないかもしれない。俺は基本的にどのゲームも楽しめる…が、人が酷い目に逢うゲームはなんとなく苦手なのだ。心が辛くなってしまう。それを妹は分かっているから、気を遣ってOP〜一年目体育祭までしかテレビでやらないらしい。なんだ、へへ…俺を気遣ってのことだったのかよ…と少し小っ恥ずかしく…
「いや、ならそもそもテレビでやるなよ」
ならなかった。その直前にテレビでやるな、俺に気になる展開まで見せるなという冷静なツッコミが脳裏に来たからだ。
「えー、だって推しってでっかい画面で見たいじゃん…ほら!お兄ちゃん!」
そのツッコミに不満そうに妹が返事していたが、画面に黄金色の髪に、まるでビー玉を閉じ込めたような水色の瞳を携えた、線の細い男と、茶髪のセンター分けの男が並んだ途端、妹は甲高い声をあげて俺の足を叩く。
「痛い痛い痛い!またかよ!」
「ホラ!名前!覚えた!?」
覚えるわけないだろ、心の中でそう悪態をつきながらも、必死に脳を動かす。
金髪のやつが…ミオ、ミオソ…ミオソティスだ。
で、茶髪のやつが…やべぇ、忘れた。
そう脳をフル回転させながら思い出していたのだが、口も動いていたらしい。
「…お兄ちゃん?」
という、鬼のようなオーラを出した妹に凄まれて気がついてしまい、俺は死を覚悟した。
「この人はあたしの推しだから覚えろって言ってるでしょ!プリム・ラジュリアンくんです!!」
なんでお前の推しを覚えなきゃいけないんだよ、なんて怖気付きながら言い返したら、妹は立ち上がって俺にびしっと指を指した。
「お兄ちゃん!罰として、アイスクリームオレンジティー味買ってきて!」
「はぁ!?なんで俺が…!」
「か っ て き て !」
「は、はい…」
あまりの勢いに、オタクって怖ぇ…と思いながらも、そのまま同意してしまったことに後悔を覚える。
ただ、ここで買わないのも俺が約束を破ったみたいでプライドが許せない。自分でも難儀な性格だと思った。
Tシャツにジーパンとラフな格好に30秒で着替えると、「まじで行くんだ、がんばれー」なんて雑な妹の応援を聞いて、アイスの中に後でカラシチューブ入れてやると決意しながらチャリの鍵を持ってドアから出た。
「ま、帰ったら1人ロシアンアイスの刑だしいいや。ダハハ、アイツの苦しむ顔が目に浮かぶぜ!」
なんてあとあとの計画を考えて笑いながらも、鍵をさして自転車に飛び乗り、ペダルを踏み出す。
そのまま風を切りながら家から飛び出して、人通りの少なく、車も通らない塀で囲まれた限られた人ぞ知る道を爆速で走っていて________
________そこで俺の記憶は途切れている。
「…はっ!」
目が覚めると、見知らぬ生徒たちがいっぱいいる教室にいた。
どこだ、ここ…と困惑しながらも、周りの人間の髪の毛の派手さにさらに混乱する。ミルクティー色、桃色、緑色…と、視界が普段よりも鮮やかでちかちかとした。
一旦教室から目を背けようと、視界の隅に映っていた窓を見て…さらに驚くことになった。
「…は?」
そこにいたのは俺じゃなくて、妹の推しの、幾度となく見た顔、プリム・ラジュリアンだったからだ。
その瞬間、ガンと頭が鈍器で殴られたような強い衝撃を受ける。それと同時に、溢れるようにプリムの記憶が俺の脳に植え付けられてゆく。
____違う、これはプリムの脳が、俺の記憶を処理しているんだ。
俺は死んでしまったのか、これはかくゆう“転生“というものなのだろうか、残してきた妹は、別れも何も言えずもう会えなくなってしまった家族は…いろんな気持ちが実りだし、頭が使い続けた電子機器のように熱くなる。
ぐらり、と視界が歪んだ。体に強い衝撃を受けたのち、「ダン!」と時間差で重いものが地面に叩きつけられた音が聞こえ、視界がブラックアウトした。
次に目を開けると、そこは美しい世界であった。
高所なのか、柵の奥に西洋のような街並みが小さく見え、その奥に果てしなく青い空が広がっている。
それに、なんの花かはわからないが、背の低い可愛らしい花が足元を包んでいる。
そんな、まるで誰かの大切な思い出を常に表したような絶景に俺は立っていた。
「すげぇ…」
どこかわからない世界のはずなのに、どこか懐かしさを感じて、切なさを感じて、感動を感じた。
ここが何処かなんて不信感を咄嗟に出させないほどに、文句なしの素晴らしい世界だ。
もっと遠くを見てみたくて、
「…ふふ、そうでしょう。僕の愛する者が1人でに作り出した世界は、時を忘れるほど美しい…。」
急に見知らぬ声が聞こえて、柵によりかかりかけていた体をそちらへと動かす。
そこに居たのは、高級感のあるカーテンのような紫色の髪、赤色と青色が混じったような不思議な色合いの瞳を持った、黒いフリフリのドレスを来た人間ではないナニカ、であった。
見た目は人間だ、しかし、どこか違う。人間らしくない…と言うべきだろうか、言葉では説明できないような、なんとも言えない不気味さを携えていた。
「察しがいいですね、僕は人間じゃない。…君たちの表現に合わせるのであれば、神とでも言うのでしょうか。」
「…か、神…?」
何も言葉を発していなかったのに、察しがいい、なんて言われたことに動揺をしつつも、神という厨二病ワードに目を見開く。
これが学校の友達であれば厨二病乙、なんてふざけて言っていたであろう。しかし、今目の前にいるナニカは、明らかにそんな冗談が通じるような人間ではない。
…というか、この世界から俺はどうやって出ればいいのだろうか、今までのことは全て夢で、もう少し耐えれば妹が叩き起こしてくれるのではないか…そんな淡い期待を、ナニカは笑顔で叩き壊した。
「なんかいっぱい考えてるけれど…君は帰れませんよ、だってもう死んでますもんね。
そんなことはどうだっていいんです。僕には名前があるので、“ナニカ“という物みたいな呼び方はやめてくださいね。」
…俺は、死んだのか?どうして…
「あぁ、塀に潰されてそのまま死んでますよ。」
「……うっ、おぇっ…」
その言葉を聞いた瞬間、走馬灯のように映像が脳裏に流れてきた。しかし、第三者視点から全体が見えているから、走馬灯ではないかもしれない。小さな俺が生まれてから、妹を抱いて喜ぶシーンや必死にりんごの皮剥きを練習しているシーンなど、もう覚えていないことの方が多い、懐かしさの残る思い出。
俺は見ているだけで、勢いのついたその映像を止めることなんて出来なかった。
…あの日の映像になる。妹と俺が軽口をたたいたあと、俺が家から出て自転車に飛び乗り塀に囲まれた道を通って…その塀が勢いよく俺の方に倒れてきていて、思わず目を瞑った。
…救急隊員が必死に塀を取り壊している。バラバラになったブロックの隙間から、血まみれの俺が見えて、近くにいた妹が泣き崩れて…そんな光景を見せられていると、吐き気を催して地面へと胃液を吐いた。
下に生えた花に、自分から出た吐瀉物がかかると、花の色が橙色から赤色へと変化していく。それもまた奇妙で鳥肌がたった。
「おぉ、さすが僕の愛する者。それじゃあ紅茶を溢したら…」
ナニカが俺を…いや、正しくは俺の足元の花を見てそう楽しそうに言った。そうしてどこからかコップを取り出すと、地面に向けておもむろに溢す。すると流れた紅茶から小さな虹がかかり始めた。俺はこの現実に嫌気が差しているのに、目の前のナニカはこの現実を笑顔で楽しんでいる…そのギャップで嫌気がさした。
「フフ、素敵…
…というか、僕のことはナニカとは呼ぶなと言いましたよね。」
「…ッ、ならなんて名前かぐらい言えよ!」
笑みをうかべてへらへらとしているナニカにムカついて、そう怒鳴ると、ナニカは待ってましたとばかりに笑顔を浮かべた。
「僕の名前はヒナゲシ、愛するあの者が付けてくれた名前です」
演者へと改めて挨拶を。と続け、ふわりと微笑むナニカ。その態度がひたすらムカついて、演者ってなんだよ、なんで俺がこんな目にと苛立ちを隠せずに足元の花を強く踏んだ。
ぐしゃり
と花が潰れた音がし、焦って足を上げる。先ほど動いたときは全く潰れる気配がなかったのに、俺の意思によりいともたやすく潰れた花は、ひどく儚く見えた。
肌で感じるオーラがぴり、と変わって急いでナニカの方を見る。先ほどまでの笑みは無と化していて、雰囲気が一変していたことに不気味さを感じて後ずさった。
腰に柵があたり、なんとかその柵が色んなことが怒涛に起きすぎて今にも倒れそうな俺のことを支えてくれていた。
目の前の“ナニカ“は無のまま口を開いた。
「君、人の大事な思い出を潰すんじゃありませんよ。」
「折角、説明してあげようと思っていたんですけれど、気が変わりました。」
「今度は君も、僕のために舞台を彩ってくださいね。」
ナニカの真顔を視界に納め、恐怖で身体が凍りついた瞬間、柵から落ちていた。
「っは!?うぎゃわぁぁあああああ!!!!」
もう一度俺は死ななきゃいけないのか、嫌だ、もう死にたくない。そう思い空中で抗うが、意味もなく地面へと落ちてゆく。
もう少しで地面に叩きつけられる!なんで俺が!
そう思いながら目を瞑って……
「…ッはッ!はぁ、はぁ…!」
起きた場所は白いカーテンに包まれたベッド。死にはしなかったらしい、が、元の場所に戻れた気もしなかった。
先ほどのアレは夢…いや、夢じゃない。あれはきっと、“転生者特典“のようなものである。転生をした人間が、神様にどの世界に行くか説明されて…っていうものなはずだ。それにしてはずいぶん不親切であったが、今夢として思い出したのは一旦死んだかもしれないというショックによるものであるのかもしれない。
ここまで俺が冷静になれているのは、先ほど教室で記憶が蘇った瞬間よりも脳の処理が追いついているからだ。
____俺はこれから、どうしたらいいんだろうか。
ぼんやりとそう考えながら、汗だくでまだ少し固まっている身体にムチを打ってベッドから起きあがろうとすると、カーテンがゆっくりと開いた。
「…あの、大丈夫、ですか?」
桃色のボブほどの髪を水色のピンでまとめ、長い睫毛に縁取られた少しまるいチョコレート色の瞳が心配そうにこちらを覗いていて、ばっちりと目が合う。
彼女のことは顔が1番好みだったから覚えている。たしか…“プリズン♡ラブスクールデイズ“主人公のマリア・ジニアリーブだ。
「だ、大丈夫。…ごめん、誰だっけ。」
どうしたらいいかわからなくて、戸惑いながらも俺は返事する。
元のプリムの口調は覚えている、なんなら、元から口調が少し似ていた。しかし、主な人格が俺だからか考え方から少しの誤差は出てしまうだろう、この対策も考えなくてはいけないかもな、なんて考えていると、マリアが難しそうな顔をしていることに気がついた。
俺失敗したか、もしかしてプリムってマリアと出会ったことがあったのか、なんて心の中で焦りながらも、「どうしたんだよ、俺なんか変なこと言っちゃったか?」と返すと、「ううん…そういうわけじゃないけど…」と困ったように悩んだ顔をしては
「…ねぇ、プリムくん、わたしの名前、知ってるでしょ。」
俺の全てを見透かしそうな目でそう話しかけてきて、ゾワっと鳥肌が立った。
それに、なんでそのことが…と考えて、あのナニカが、“君も、僕を楽しませてくださいね“と言っていたことを思い出した。
も、ということは、俺意外にも誰かあのナニカと出会ったものがいたということ。
きっと彼女と出会えるのは転生特典だ。だから、もしも俺以外に転生者がいたとしたら…いま目の前にいる彼女の可能性が高い。そう結論づけて、俺も賭けに出ることにした。
「…よくわかったね、マリアちゃん。」
確かプリムは彼女のことをこう呼んでいたはず、そう思いながら言ったが、合っていたようだ。
マリアの表情がパァッと明るくなり、俺の手を掴む。
手!女子に手を握られている!!と思いながらも、全力で表情を落ち着かせていると、マリアの瞳に涙が溜まっていることに気がついた。
…そうだよな、俺だって、急に死んだと聞かされて、こんな空間に放り込まれて…きっと彼女は俺と同じ、いや、それ以上に辛いかもしれない。
「安心してくれ、これからは俺が味方だ…!」
キザなこと言ったかも。そう思いながらも、優しく微笑みかけると、流石は妹の推しのイケメンパワー、マリアも安心したように微笑んでくれた。
「…それにしても、大変だったよね。」
マリアが小さくそう話しかけてくる。そうだ、本当に、あのナニカとの対話は大変だった。
「俺1人だけじゃなくて安心したよ。」
1人で転生してしまっているより、2人だけでも転生者がいるだけで、前の地元の話もできて安心できる。
そう言い合うと、2人で軽く笑い合った。
そして、きっと同じことを思っているだろうと見合わせてから口を開き________
「ほんとに、ループしてる人が自分以外にもいると安心できるね。」
「ほんとに、転生者が自分意外にもいると安心できるな。」
「「………え?」」
前言撤回。同じことではなかったらしい。
転生したので、99周目のヒロインと全員救うルートを目指す 金魚が起きている @okiteru_kingyo
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