これがほんとに最後の記録『植木より』
《とある新聞部員 植木より》
やぁ。おつかれ。調子はどう?
これを開くころにはもう、全部終わったんじゃない?
君のことだから、きっと大丈夫だろうとは思うけど。
実を言うと僕は、今回も君を巻き込んでしまったことを少し後悔しているんだ。世の中には知らない方がいいこともたくさんあるからね。
それでも君にだけは、知っておいて欲しかった。
それが何故かは……まぁ、もう少し話に付き合ってほしいかな。
さて。
突然だけど君は、デジャブって知ってるかい?和訳すると既視感って書くやつ。
実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じる現象。それがデジャブ。
君も一度くらいは感じたことがあるんじゃないかな?『それを見た覚えはあるのに、それがいつ、どこでのことか思い出せない』なんてことが。
なに?
『それが自分に何の関係があるんだ』だって?
そうだね。じゃあ君はその既視感が、実は本当に既視していたとしたらどう思う?
つまり、君は記憶喪失なんだ。でもたまに思い出してしまう。遠いどこかで、いろんなものを確かに見て感じたことを。
はは。まぁ信じてもらえるわけないよね。でも、この話は何も君に限った事じゃない。世界中で多くの人が、この既視感というものに疑問を抱いている。
でもまぁ、みんな忘れるんだけどね。前世の記憶なんてさ。
それが正しい世界の仕組みだから。
ただ、何事にも例外は存在する。
それがウツロ様の力だよ。
不思議に思わなかった?
五つ怪談の五つ目、ウツロ様。他の四つの怪談は多少なりとも情報が出回っているのに、ウツロ様にだけは何も明言されていないんだ。
まぁ、ちゃんと記録を読めばその正体も推測できるわけなんだけど。
結論から言うと、ウツロ様は神様だよ。
ああ、ごめんね。もっともったいぶって欲しかったかな。
最初僕は、ウツロ様の『ウツロ』は『
『ウツロ』の本当の由来はね。
『
それは遠い海から浜に流れ着いた、正体不明の存在。昔の人々は、それを神として信仰した。つまり、ウツロ様は寄神の一種だったってわけ。
その神様の力を成尾村の人々が利用しようとした結果、その一部がこの地に根づいてしまったわけなんだけど。
じゃあどうしてそのウツロ様が成尾高校に居ついてしまったのかな?
答えはね。
たまたまなんだ。たまたま昔のとある生徒が浜に立ち寄って、たまたま浜に流れ着いていた御神体を、なんとなく高校に持ち帰ってしまった。
そのたまたまが、全てを始まらせてしまったんだ。まったく、いったいどんな確率なんだろうね。でも、この世界はその可能性を引き当ててしまった。
まぁそういうわけで、ウツロ様は成尾高校のあらゆる怪談が生み出される原因となったわけだ。
覚えているかい? 人々が一番最初にウツロ様に願ったのは、死者を蘇らせることだったんだよ。ほら、美術の先生の話。
神様は払われた代価の分、その願いを叶えようとした。でも困ったことに、死者を蘇らせるのはウツロ様の力の領分じゃない。
だから、自分にできるやりかたをするしかなかった。
どうしたと思う?
ウツロ様はね。連れてこれるんだよ。
別世界の人間を、こちら側の世界にね。
想像してごらん。ちょっとした思考実験みたいなものさ。
ある日突然死んだはずの家族や友人と、容姿も性格も見分けのつかない、瓜二つな人間が現れるとする。クローンみたいなね。
そいつと共に暮らしていくうちに、君は日々の中でときどき、どうしようもない違和感に苛まれるんだ。
果たして君は、それを受け入れられるかな?
逆の場合だってある。
ある朝君が目を覚ますと、そこはいつもの景色……のようでほんの少し違う、別世界になっていたら。例えば、ちょっとだけ家族の身長が伸びていたり、見慣れた登校路に見知らぬ店ができていたりね。たったそれだけのこと。
その小さな小さな異変に、君は耐えられるかな?
自分だけがその世界の異物なんだ。孤独っていうのは、身近に他者がいて初めて感じるものなんだよ。一匹狼はそれを感じない。本当の孤独を知っているのは、群れの中でつまはじきにされている狼だ。
……なんてね。ナガレ先生が自殺したのは、きっとそういうことなんだろうね。
話を戻そうか。
かつて成尾村の人々が願った、死者の蘇生。それをウツロ様は、未だに叶え続けようとしている。壊れた機械みたいなものさ。ただ、蘇生の対象が指定されなくなったから、無差別な選択を行うようになってしまった。
それが人形だ。
あの人形は、勝手に人を惹きつけるようにできてる。人形という撒き餌にかかってしまったら最後、階段男が迎えにくるっていう仕組みなわけ。
そうだね。
ここまでの話を、もし君が信じないのだとしたら、きっとそれは良いことなんだよ。神様を信じていないっていうのは、ある種の幸福かもしれないしね。
僕らはみんな、仕組みの中で生きている。それは物理法則だったり、社会だったり、人間関係だったり。自然と押し付けられたそれを、ただ受け入れて生活している。まるで箱庭の中のお人形みたいにね。
でも。
忙しない日常の中、ふと立ち止まって、その鳥籠の外側を覗いてしまったら。
君はいったい、何と目が合ってしまうんだろうね?
ああ。僕はその、覗いてしまった側の人間だから。
もう後戻りできないんだ。だからこんな無駄なことを、今になっても繰り返してる。可能性ってさ。はは。残酷な言葉だね。
とにかく、もう僕は時間切れだ。
ごめん。
僕はただ、このどうしようもない状況を、少しでも変えたかっただけなんだ。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんどもなんどもなんども
君は覚えてないし知らないだろうけど
約束したんだよ
うん。
落ち着いた。
困ったな。消しゴムがないや。
ウツロ様は海から来たって言ったよね。波に揺られて、浜に流れ着いて。そこで人々の願いを叶える神様になった。
僕はそこで、あることに気がついた。成尾村の人々がウツロ様を祭っていた時期と、成尾高校にウツロ様が根づいた時期の間に、妙な空白があることに。
忌籠(いごも)りっていってね。
昔はこの辺りで、『一月九日だけは夜に家から出てはいけない』っていう風習があったんだ。いわく、その日だけは神様がうろついているから。それと出会ってしまったら、こわいことが起きる。この神様がウツロ様だよ。つまり、忌籠りはウツロ様が成尾村に存在していた時期には必ず行われていたはず。
ところが大事な儀式だったはずの忌籠りは、ある年からぱったりと止んでしまった。つまりウツロ様がこの成尾から、一度はいなくなった時期があるってことだよ。
ウツロ様は、一度海に帰ったんだ。
海からきたものは、海に返さねばならない。
『神流しの儀』って言ってね。海から流れ着いてしまった神様を、祭りで元の居場所に戻してあげる儀式があるんだ。成尾村では、一度その儀式に成功しているんだよ。海に帰ったウツロ様は無害な存在となり、成尾の地には平穏が訪れた……。
はずだった。
でもね。
波が打っては寄せ返るように。
ウツロ様はまた、成尾の浜に流れ着いてしまった。
後はわかるだろう?
ウツロ様の御神体の一部を、とある生徒が運悪く成尾高校に持ち帰ってしまった。
そこからまた、悪夢が始まったんだ。
ただ、それだけのことなんだよ。ほんとにね。そんなことで。
ああ、もうそろそろ時間だ。
足音が聞こえてきた。
でもいいんだ。とっくに慣れてるしね。
次の君に、また会いに行くとするよ。最初の君のことは、もう思い出せなくなっちゃったけど。
でも、次の世界では止められるかもしれないんだ。神送りの儀式さえ、僕が完遂させられれば。
はは。滑稽だよね。そんなことをしたって、最初に僕が住んでいた世界に帰れるわけでもないのに。じゃあなんでだろうね。自分でもよくわからないや。ちょっとした、意地みたいなもんかな。
そういえば、なんで君にこの事を伝えたのか。まだ言ってなかったね。
……ちょっとだけ、ほんの少しだけ、寂しかったんだよ。
このまま、誰の気にも止められずに消えるのが。
それだけ。
ああそうだ。
最後に伝え忘れていたことが、一つだけあるんだ。
実はね。
『ドッキリ 大成功‼』
今までの話は、ぜーんぶ僕の作り話だから。
どう? すごく手の込んだフィクションでしょ?
毎年恒例の、入部祝いみたなものでさ。
怖かったかな? 楽しんでもらえた?
君に明日、どんな感想を送ってもらえるか楽しみだよ。
だからね。
君だけはこれからもずっと。
普通に生きてね。
(注意)
本作は、あなたの知る人物・団体とは関係のない世界の話です。
登場する人や物も、あなたがたの住む世界とは全く別の話になります。ご留意ください。
この物語は。
この物語は、誰にとってのフィクションでしょうか。
(完)
なるお怪奇録 @ururun0111
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