記録②『呪いの絵画』についての取材  (2023年5月2日)

《とある美術教師S》


『呪いの絵画』について取材したい?

 なんですか、それは。聞いたこともありませんね。七不思議か何かですか?


『この学校のどこかに保管されていて、それを見てしまった者は気が触れてしまう』もの? なんというか……その。いえ、気分を悪くされたら申し訳ないのですが。その話自体とても幼稚ですし、あまりにも抽象的では? せめてどんな絵で、誰が描いたものなのか教えられないと、私でも力になれるかどうか……。


『その絵にはとある儀式の様子が描かれている』?

 とある儀式というのは?


『死者を蘇らせる儀式』、ですか。

 なんともまぁ、うさん臭い話ですね。残念ながら美術教師の私でも、そんな話は聞いたこともありません。

 ……見るからに肩を落としましたね。

 まぁ、いいでしょう。

 

 いわくつきの話なら、実は思い当たる節があります。

 私自身、怪談や都市伝説の実在を深く信じているわけでもないのですが。人にはどうしても気になって調べてしまうことの一つや二つ、往々にしてあるものです。


『成尾の水争い』或いは、『天正北郷樋事件』と呼ばれる事件をご存じですか?


 成尾村というのはかつて、武庫川と枝川に挟まれるようにして存在していた集落のことです。今でいう西宮市の一部ですね。戦後に色々と立ちいかなくなったのが理由で合併されてしまったようですが。とはいえども成尾の名前だけは、学校や公園に使われているものを今でもよく聞くはずです。

 

 話を戻しますと……。

 その事の起こりは安土桃山時代の天正十九年。

 成尾村やその一帯では、三年続きの旱魃がありました。旱魃というのは日照りのことです。このせいで稲にやる水がなく、成尾村は深刻な食糧難に陥りました。隣の瓦林村に水を分けてくれるように頼みますが、苦しいのはどこも一緒だと断られてしまいます。

 そこでとうとう打つ手のなくなった成尾村の人々は、なんと無断で瓦林村の川から水を引いてきてしまいました。

 これに瓦林村が怒らない訳もなく……。

 結果引き起こされたのは、成尾村と瓦林村の百姓同士による、凄惨なまでの殺し合いでした。数多くの死傷者まで出たこの争いは、かの豊臣秀吉とその臣下によって裁きが下されることになります。


 そして裁判の際、成尾村の代表者に対して奉行人はこう問いました。


「命が欲しいか、水が欲しいか」


 すると彼らは、異口同音にこう答えたそうです。


「命はいらない、水をくれ」


 こうして成尾村は、やっとのことで永年続く村の用水権を手に入れましたとさ。争いを引き起こした罰として、磔刑に処された二十五人分の命と引き換えに、ね。

 犠牲になった成尾村の人々は義民として褒め称えられ、今でも義民碑と呼ばれる石碑がちらほらこの地区には存在しています。自らの命を賭して村を守ろうとするその百姓たちの覚悟たるや。 

 それを想像するだけで私は……。


 さて。


 というわけで、ここまでが郷土資料集にも記載されている、正しい歴史です。

 そしてここからが言うなれば、間違っている歴史、真偽の定かではない歴史、仄暗く後ろめたい歴史……。

 そう、怪談の話です。


 多くの命と引き換えに幕を下ろした成尾の水争い。その陰には、公には出せない後ろめたい秘密があったのです。

 自ら志願して義民となった者たち。その中には、一家の大黒柱である父の身代わりとなった、まだ十五にも満たぬ歳の息子がいました。その母親は何とか息子を引き留めようと努力しましたが、磔刑は止められる間もなく、速やかに行われました。

 なんということでしょう。

 冷たい石碑に姿を変えてしまった、愛する息子。それを前に母親は泣き崩れます。


『ああ……ただ、ただ息子が帰ってきてくれるだけで…。それだけでよいのです。そのためなら、私はどんな医者でも呪い師でも、どんな魑魅魍魎であろうと……。たとえ、どんな神にだろうと、この体でも魂でも……。何もかもを捧げるというのに!』


 慟哭する母親の前に、突然一人の男が現れました。くつくつと奇妙な含み笑いをするその男は、母親にこう語りかけます。


『知ってるぜ知ってるぜ、おいらはよう。哀れだなぁ。ああ、かわいそうになぁ。

 お前さんの大事な大事な一人息子がなぁ……。あんなとんちき騒ぎに巻き込まれちまってよう。教えてほしいかい? 

 哀れな哀れな息子の、をよう。なぁに、心配するこたぁねぇのさ。ちょちょいと、ウツロ様にその身をゆだねるだけで、全部済むんだからなぁ』


 そう、男は母親に、『死者を蘇らせる儀式』の贄となるように迫ったのです。母親がどんな決断をしたかなど、考えるまでもないでしょう。

 儀式の内容についてですが……。

 こればっかりはなぜか、どこを調べても出てきませんでした。まぁ、そもそもこれは眉唾物の怪談に過ぎません。中途半端なところで終わってしまうのもおかしいことではないでしょう。

 ここまできて、やっと話が繋がりましたね。


 成尾高校に隠された『呪いの絵画』。そこには『死者を蘇らせる儀式』が描かれているといいます。

 そして遠い昔、『成尾村の水争い』から始まった、『死者を蘇らせる儀式』の都市伝説。どちらも儀式の内容については誰も知らない……。

 こうして考えてみると、妙な所で共通点が見つかりますね。


 最後に男との会話ででてきた、『ウツロ様』について。『様』がつくということは、それなりに偉い立場の人間なのでしょうか。その正体は分かりません。まあ、おおかた詐欺師たちの頭領に過ぎないでしょう。

 

 私の知っている情報はこれが全てです。ここだけの話ですが、こう見えて実は私、好奇心に火が付くと止まれないタイプでして。普段が余計なことに首を突っ込まないように自制しているのですが……。

 今回は少し、興が乗りすぎましたね。


 なに?

 最初とは全く別人のように見えるって?

 

 ふふふ。

 ごめんなさい。私、どうしてもこういう話になると自分が見えなくなるんです。まるで何かに、魅入られているかのように……。

 まったく、触らぬ神に祟りなしですね。

 では、私はこれで。

 

 ……あ。そういえば結局、何部の活動なのか聞いていませんでしたね。放送部の新しい企画ですか? それとも文芸部のネタ集め?


 

 …………え?




 新聞部なんて、この学校にありましたっけ?



(取材記録はここで終わっている)


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