第40話素行不良の聖女ですから(ルイス視点)

なかなか帰ってこないキャンベルに違和感を感じて席を立とうとした時、初めに声をかけた幼い少女がちょこんと僕の隣に座った。

「なんだい?」

「いいなぁ。今日、私たちはこのお魚食べられないの」

「っ!」

(毒を盛られたか!?)

その懸念もあったので僕もキャンベルも口にしていない。

恐る恐る少女に聞いてみる。

「…お魚に…何か、入っているかな?」


しかし、少女は首を横に振った。

「んーん。何かって何?」


(まだ幼い、嘘をつける年齢ではないだろうが…しかし…)


「この後ねぇ、お肉食べるんだよ」

「ん?」


(まあ、海沿いの村でも、肉は食べるか…)


「あのねぇ、聖女様のお肉を食べるんだって。なんかねぇ、ふろーふしになるんだって」


息が止まりそうになる。

膳を腕で跳ね除け、立ち上がりきる前に駆け出したので、料理が散乱した。

護衛の騎士は外に一名、中に一名。

異変を感じた中の一名は、すかさず外の騎士を中に入れた。


奥の間に進もうとしたが、村人たちが手に金槌やら刃物やらを持って立ち塞がる。

僕の両隣を騎士が立ち、構えた。


体格のいい家主の男が叫んだ。

「キャンベルの、聖女様のお付きの方、お召し替えの途中です。もう少しお待ちくださいますか!」

「おい、そこを退け」

「キャンベルはここの村の者ですぞ?たまの帰省くらいゆっくりさせてやってください」

「…聖女を喰うと不老不死になれるって?馬鹿な」


その男はぴくり、と反応する。

「……おい、誰だ言っちまったのは。こっちはな、馬鹿だろうがなんだろうが、こんな辺鄙な村では病に怯え、怪我もそのまま。藪医者に引っかかって…でも、聖女様が来てくれたからなぁ、これからは明るく暮らせる。キャンベルのおかげだ」

「後悔するぞ」

「なあに、アンタらも始末するさ。そうだ、村に向かう途中で盗賊に襲われたことにでもしよう」


身体を横倒しにして床と水平に伏せる。左手を軸に両足を回転させ、数人の足を払った。

二人の騎士は、倒れた男たちの腕をすかさず折った。次々に大きな悲鳴が上がる。

彼らとは、共に遠征に行った仲だ。言わずとも連携は取れる。

「僕たちは騎士だ。数で勝てると思うなよ」


それだけで大抵戦意は失われるが、切羽詰まった人というのは時に恐怖を興奮で乗り越える。

声を荒げながら男たちが武器を振り回して駆け出した。

その時


「何をしておるか!!!!」

入り口から聞き覚えのある声が轟いた。


「さ、サーシス村長…」

村人たちはたじたじと後退した。

「いや、村長もやっちまおうぜ」「そうだな」「殺しちまうか」


そんな声をものともせず、村長は声を張り上げた。

「そのお方は…その黒髪の方は…新しい国王陛下だぞ!!!!」


その一声に、皆が一瞬ギョッとして武器を落とした。

「まさか!出鱈目を言うな!」「国王陛下は崩御した後、海に埋葬する時にしかこの村に来ないんだぞ!」「…村長はキャンベルに目をかけていたから黙っていたのに…」「村長も殺せ!!」「殺せ!!!!!!」

この暴挙に村長は一際大声で怒鳴った。

「黙れ!!この方こそが、ルイス・エンパイア国王陛下だ!!キャンベルはその婚約者だ!こうなればもう、全員処刑は免れないぞ!!!」


ひゅっと息を飲む音がする。

その場で崩れて心臓を抑える者、子を抱いて泣き出す者、様々だ。


サーシス村長が叫んだ。

「国王陛下、早くキャンベルを!!!」


言い終わる前に僕は駆け出す。

(キャンベル!キャンベル!!)


廊下の突き当たりを右に曲がった部屋だけが、扉を閉ざしている。ここだ。


(無事でいてくれ!)


「キャンベル!!」

ドアを開けて、飛び込むと、床で伸びている女が目に入った。


まだ下着姿のキャンベルは拳を握りしめて、ファイティングポーズを取っている。僕に気がつき、拳を下げた。

「ルイス…」

「き、キャンベル?これは」

「なんだか首を絞められそうになったので、思わず殴ったら、気絶してしまったみたいですわ。私ったら素行が悪いですわね…」


へらっと笑う彼女を、ぎゅっと抱きしめる。

「良かった、キャンベル、君が無事で」

「私、大馬鹿ですわ。故郷の村に久しぶりに帰ってきて、お礼をしたいなんて言われて嬉しくなってしまいましたの。叱ってください」

「叱るもんか。君はみんなから感謝されて当然なのだから。それが…それが初めてのお礼だなんて…可哀想に、キャンベル」

「まあ、泣いていらっしゃるの?」

「だって君、君を…食べ……っなんでもない」


ハッと気づく。君は、そんな格好で…と。


「き、きゃあああああ!!!」


夜の静かな村に聖女の悲鳴が響いた。

それを聞いた騎士たちが慌てて飛んできたので、なんとも気まずいところを見られてしまった。




結局、ワイン塗れの服を着ているキャンベルに、僕のコートを上からかけてやった。

この村は廃村になるだろうか。幼い子どもは養護院へ送るとしても、村人全員を咎めるのはかなり大変な作業となろう。


馬車の前で、村長以下全員が土下座をしている。

「どうか!お叱りを受けるのは、私だけでお願いできませんか…村長である、私の管理不行き届きでございます!!晒し首でもなんでも喜んでお受けします!!」

「村長!」「そんな…」「ごめんなさい、村長…」

村人たちは村長に泣いて縋っている。


「みなさん、何を言っているの?私はただここでワインを溢されただけだわ。ワインを溢したら晒し首になるなんて、そんな横暴が許されて?ねえ?ルイス」


確かに、このことが露見すれば、キャンベルの出自に疑問の声が上がるのは避けられないだろう。お忍びで立ち寄った村の廃村となれば、議会での様々な追及は免れまい。新王が立ち上がり、これからという今、国民に対しても悪印象になることはできるだけ避けたいのが本音だ。


「まあ、僕も身体が鈍りそうだったから、丁度よく相手になってくれただけだしな」

と言うと、皆が頭を地面に擦り付けた。


「だが、これだけは言っておく。聖女は不老不死の特効薬ではない。とんだ迷信だ。…それからこの村は新しく整備するとしよう。地魚、地酒、名品を王都へ常に仕入れられるよう、新たな領主を置き、道も舗装しよう」


常に王都で監視するぞ、ということである。

これには、頭を下げたまま帰路に着く私たちを見送るしかなかったらしい。






後日、村長から詫び状が届いたとキャンベルが教えてくれた。

そこには、村人達が息子の葬儀を手伝い、無事埋葬した旨が添えられていた。

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