第39話息子の治療

お世話になった村長の願いを聞き、ルイスに無理を言って村長の家に立ち寄った。


「粗末な家で、国王陛下にお入りいただくのはとても…」

と言う。


「ならダメだ」

「ルイス…!ここは私の生まれ故郷です。何も変な心配をなさらずとも、村長の家には何度も出入りしたことがあります。息子のミールフェンともよく遊んだわ!」

「君はいまいち立場がわかっていないらしい」

「ええ、そうですとも。私はただの平民の出。もとより立場などありましょうか。それよりお世話になった村長に失礼ですわ、訂正してくださいませ」


私たちの押し問答に慌てた村長が割って入った。

「あ、あの!ご無礼でないのなら国王陛下に入っていただいても勿論構わないのですが…その、もしお召し物を汚したりなどしたら…」

「ああ、それは構わない」

「村長、これでも国王陛下は元・ブラックアーマーなのですよ、信じられないかもしれませんが」

というと

「またまた、年寄りを揶揄わんでください」と言って笑った。

それはそうだ、そんなこと信じられる訳がないじゃないか。

でもそれは紛う事なき事実なのだと思うと、ちょっとだけルイスを誇らしく思う。


「では、粗末な我が家へ、どうぞ」

私とルイス、護衛の騎士が二人、それから村長。

それだけで居間がいっぱいになる。


「?」

なんだか変な匂いがする。ルイスも違和感を感じでいるらしい、何度も鼻を擦っている。

居間から続く小上がり、その奥に布が垂れ下がったベッドが透けて見える。


「おい、ミールフェン。起き上がれるか?キャンベル…聖女様と国王陛下が見えたのだ」

しんと静まり返り、返答はない。

村長は布を分けて入り、息子を抱き起こした。

ブン!!と蝿が舞う。

「信じられるか?新しい国王陛下が我が家にいらしたのだぞ。ご挨拶しなさい」


「っっっ!!!」

窓から差し込む光がきらきらと、立ち上がった埃を煌めかせる。

蝿を追い払って見えたそれは

「村長…ご、ご子息は…」

「長患いしておりまして、この通り、眠りから覚めないのですよ。どうか聖女様の歌で治してやってください」


覚めないのではない。

ルイスは直視できず顔を背けて言った。

「…サーシスよ、それは……もう死んでいる」


口を開けたまま、目は陥没し、腕が弛緩したまま固まり、水分はすっかり抜け、腐敗して骨になりつつある。


「おかしなことを申します。息子は聖女様の歌で治りますでしょう?」

「村長、気を確かに持ってください。ミールフェンは亡くなっています!」

私は村長の肩を揺らした。

そこから村長自身も目を開けたまま呆けた。


「大切な人が死ぬのは受け入れ難いでしょう。けれど、生を全うした者の亡骸をいつまでも晒すことはなりません。ミールフェンは、いつまでも土に還れず、その死を村長に受け入れてもらえず、ここで腐敗を待つなど、こんなに悲しいことがありましょうか」


がくり、と膝から崩れた村長は窓から指す光を浴びた息子をただ見つめていた。


「…せめて、天国に行けますように」


〜♪


こんな事しかできないけれど、心を込めて祈り歌を捧げた。



「…遅くにできた子で、成長が遅いものだから心配していたんです。妻も、私も。流行り病で妻が死んだとき、息子は急に大人びて。それまで一人でできなかったことも全部一人でやるようになったんですわ。それが妙に切なくて…大人になっても心配性な親父のまま、ここまできてしまいました」

それから、はーっと長いため息をついて「ミールフェン…そうか、死んでいるか…」と言った。





やっと帰路に着こうと馬車に乗り込もうとした時、村人たちが頭を垂れて見送ってくれた。

私も釣られて頭を下げる。


「なんだか大事になってしまったな」

「良いではないですか」

そんなことを言っていると、まだ幼い一人の少女が近づいてきて言った。

「せーじょさま!おうた、うたってください!」


私は屈んで目線を同じにした。

「ごめんね、それはもうできないの」

「えー?どうして?」

それから何人かの様々な年齢の子どもが押し寄せてきた。

「お歌歌ってよ!」「はい!俺昨日怪我しました!」「ねえ、弟が病気なの」「歌って!!」


ルイスはため息をついている。

聖女の帰還とだけ伝わっているのか、まだ若いルイスが国王陛下だとは気付かないらしい。

「…こういうのが延々続くぞ」

「私も、子どもを使うなんて、少し怒ってます。ですが、この事態をどう収集すべきかと悩むところでもあります。ルイス…」


むう、と少し思案して仕方なさそうに言った。

「今回だけだぞ」


私は本日二度目となる聖女の祈り歌を歌った。

大人はもちろん、子どもたちも皆、ピタッと水を打ったように静まった。


歌い終えると、じんわりと喉に血の味がする。

一日に二回は、さすがに堪える。


わあああ!!と歓声が上がる。

「すっげーー!!俺の傷、塞がってる!」「見て!弟が元気になった!」「儂の腰痛が治ったぞ!見ろ!ピンピンだ!」


「もう、帰るぞ、キャンベル」

「ええ」


年頃の娘に呼び止められる。

「待って!聖女様!」

「まだ何か?」

「私たち、お礼がしたいのです!」

そう言ってお辞儀をした。


「お、お礼?」

その娘の母親だろうか。娘の肩に手を置いて微笑んだいる。

「無理を言ってお願いしたのです、せめてものお礼を尽くしたいのです」


ルイスを見上げると、目を瞑って仕方なさそうに踵を返した。

「言っておくが、君の故郷だからだぞ」

「承知してます。…お礼なんて、初めてのことです」

そんな私を見て、ルイスは肩を抱き寄せた。





海沿いの街だけあって漁師が多い。

やはり地魚ばかりが並んだ。

艶々のカルパッチョにアヒージョとカルパッチョ。

懐かしい料理ばかりだ。

「まあ!子どもの頃よく食べたわ」

新鮮な魚にほくほくしていると、「まずはワインを」と言っていきなりグラスに注がれたので驚き溢してしまった。


「も、申し訳ありません!!」

「聖女様、良ければこちらでお召し替えを」

あれよあれよと運ばれて、家主の妻の部屋に連れて行かれた。


「主人が失礼しました。すぐに洗って乾かしますから。粗末な着物しかありませんが、一番上等な物を用意しますので、乾くまでしばし我慢頂けますか」

と早口でそんな事を言われた。

幼い頃の記憶しかないが、この奥方が隣村から嫁いできたことは知っている。なんとなく見覚えはあるがすごく親しいわけでもない。

今まで私はこの村の一員だったのに、王都から帰ってきたらこんなに持ち上げられて、萎縮してしまう。


「後ろを向いていますから、着替えてくださいますか」

「お気遣い感謝します」


(ええと、これはスカート…こちらはブラウス…)


女の目が光り、私を捉えた。

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