第38話お墓参り

大層乗り心地の良い馬車に揺られて、十年ぶりの帰省をした。


何も変わらない海沿いの村。

ここでは日常的に聖女の祈り歌を聴くことが叶わず、発病後に長い時間乗合馬車で王城まで来る必要がある。

故に民間療法が根付いていたり、医師の資格を持たない他国の者が独自の治療を施していたりもする。

医療制度が整うまで、こういう場所でこそ聖女として歌を歌えないだろうかとルイスに提案してしてみたが

「危険だ」

と言われてしまった。


私が生まれ育った場所なのにと悲しくなってしまう。


(危険、まるでスラム街のように見られているのかしら。長閑な村なのに…)


隣に座るルイスは、この所の激務で疲れているのか、すっかり夢の中である。

むにゃと顔がこちらを向いたので、前髪を真ん中で分けてみる。

(おお、これはこれでアリね)


次は七三に分けてみた。

(うーん…?)

反対側へ七三分けにしてみる。

(あ、こっちに流した方が似合うわね)


ふむふむと前髪をいじっていると

「こら」

急に目が開かれて私を見たのでびっくりした。

「わ、ご、ごごご、ごめんなさ…」

私の両手首をしっかり掴んで

「寝込みを襲うとは恐ろしい」

にこにこしながらなんだか嬉しそうにしている。


「弱点の寝込みは直っていないのですか?」

「直っているとも。死に物狂いで鍛えた。君があんまり可愛いことをするから寝たフリをしたんだ」

「嘘ばっかり。寝ていましたよ」

「む、起きてたね」

「いいえ、すやすやしていました」

「ふーん?」

と言うと顔がぐっと近づいた。

「…な、何です?」

「なら今夜試してみるか?」

「遠慮しますわ!!」


ルイスはけらけらと笑っている。

最近、揶揄われてばかりだ。

そっぽを向いた私の背中におでこが乗る。

「むくれないでくれよ、僕の可愛い人」

「わざと怒らせているくせに」

「そうかな?」

「そうですとも」

「機嫌を直して」

「もう!変なことを言って困らせないでください!」

ドキドキしてとてもルイスを直視できそうにない。

私がすっかり臍を曲げたと見て、ルイスはポリポリと頬を掻いて困っていた。




そこからは馬車を降りて少々歩く。道幅が狭いためだ。

私しか道を知らないため、先頭を歩く。

「ここですわ」と言うと、後ろからルイスに抱きしめられた。

「ねえ、悪かったから仲直りしてくれないかな。君のご両親に喧嘩をしたまま会いたくないんだ」


それもそうだと思い、はあ、とひとつため息をつく。

「おっしゃる通りですわね、私も大人気なく申し訳ありませんでした」

ぽんぽんと黒髪を撫でた。

パッと明るい顔が上がる。私はこの表情に弱いのだ。

(ずるい…)


「紹介しますわ。私の父と母です」

ただ、石を置いただけの粗末な墓。

ルイスは持ってきた花を脇に置くと、墓の掃除を始めたのでびっくりしてしまった。

「あ、私がやりますので…国王ともあろう方がそんな…」

「…そういうんじゃ、ないだろ。こういうのは」


黙々と苔を落として、水をかけては布で汚れを拭いてくれている。

私も周りの枯葉を掃除して、井戸から水を汲んだ。


すっかり十年の垢が落ちた墓は、やっと一息ついたようにホッとしたかのように見える。

ルイスと一緒に手を合わせた。

「お父さん、お母さん、なかなか会いに来れなくてごめんなさい。やっと聖女職から解放されましたのよ。それから、私求婚を受けましたわ。ねえ、お父さん、お母さん。この地に眠っているからと奮闘していてもお墓参りも来れないのじゃあ、私、ダメですわね…」

ルイスは黙って私の背中をさすってくれた。




お墓を後にして馬車に向かう道すがら

「なんて挨拶したのですか?」

と聞いたら

「ん、内緒だ」

そう言われてしまった。


一日留まり、明日朝一で帰路につくことも考えたけれど、まだやることは山積みで今日のところは王城に帰ることになっていた。

馬車に乗り込もうとしたその時

「キャンベル、キャンベル様!」

嗄れた声に呼び止められる。

見ればそれは、サーシス村長だった。

「まあ!村長!あ、紹介しますわ。この村の村長、サーシスさんです。幼い頃からお世話になっていて、父母が亡くなった際も奔走してくれました。いつも気にかけてくださって」

「そうだったのか。キャンベルが世話になった」


目を丸くしている村長に、こそっと耳打ちした。

「新しい国王陛下ですよ。ルイス様です」

と言うと

あわあわ慌てて、尻餅をつき、地に頭を擦り付けた。

「ひっひいっ!知らずに申し訳ありません!お許しを!」

「面を上げてくれ。今日は人目を忍んで参っている。あまり大事にしたくはない」


サーシス村長は顔を上げてホッとすると、じっと私を見た。

「キャンベル、様。大きくなられて」

「もう、産まれた時から知っている仲なのですから気安く呼んでください。村長、父母が亡くなった時は本当にありがとうございました。なかなかお礼ができずに気になっておりましたわ」

「いえ、そんな、滅相もない」

「また近いうちに立ち寄りますね」

そう言って去ろうとした時、サーシス村長が叫んだ。

「どうか!息子を助けてください!」

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