第37話どうぞ、生き地獄を

「婚約決議など初めて聞きますな」「賛成は拍手を送るのだとか」「なんでも、反対であれば挙手をするそうですが」


ざわざわといつまでも落ち着かない王城のホールに、ルイス様と腕を組んで一段一段中央階段を降りてゆく。

ほう、とため息が漏れ聞こえてきた。


(おかしくないかしら?おかしくないかしら!?)

聖女の頃より立ち居振る舞いは訓練してきたけれど、所詮は生まれ持ってきたものには勝てはしないのだ。

だから私はこの日のために、より一層懸命にマナーや所作を練習してきたのである。


「皆の者、本日は我々のために集まって頂き感謝する。今日集まってもらったのは他でもない。国王である僕とリリアの婚約に意義がないか問いたい」

一呼吸置いて、ふっと私に微笑みかけた。

大丈夫、そう言うみたいに。

「僕の恋人は心配性でね」

と言った一言に

「ルイス様!!」と金切り声が響いた。

人並みを鬼の形相でかき分け近づいてくるそれは、枯れ枝のようになってしまったセイレンだった。かつての美貌は失われ、二十歳は老けて見える。

まだ自分の胸が豊満であるかのような、大きく開いたドレスと、まるで自分が王妃と言わんばかりのティアラとブカブカのオペラグローブ。

セイレンは皺だらけの口を歪ませて叫んだ。

「なぜですか!私のことが好きだと言ったでしょう!毎日、私の耳元で愛を囁いたではないですか!!」

ねえ、ルイス様と言って彼に触れようとしたところを、騎士団がそれを抑えた。

「何をするのよ!離しなさいよ!ルイス様!この人たち、私に酷い事をするわ!!」

「…非道いのはどちらだ」

「ルイス様?」


ゆら、と一段下がり首を傾げて屈み、汚物を見るような見下し方をする。

「前王太子を唆し、キャンベルを貶め、聖女の名を偽り、国民を騙し、悪魔をその身に宿すまで貴族としての威厳を堕とし、人命を弄び、更には僕が君を好きだと言ったなどと、今度は虚言を申すのか?」

「虚言?なにを仰って?確かに私が牢に囚われている時にずうっと耳元で「愛している」と仰っていたではないですか」

セイレンを抑えていた騎士団の二人はお互いを見合った。

「殿下、この女は牢にて独り言をぶつぶつと呟いていたのですが…まるで誰かと会話しているようでそれがひたすらに恐ろしく…」

その光景を想像してゾッとした。

ルイスは彼女を睨んで叫ぶ。

「お前の事を愛しているだと!?ふざけるな!!虫唾が走る!」

よろよろと後退するセイレンは、拠り所なくふらつくばかりだ。


「キャンベル、君はセイレンの姿を憐んで、もう罰は十分に受けたと言ったが…」

ルイスは、なんとか冷静さを取り戻そうと必死な様子だ。


(いいえ、まさか。私は彼女を憐んでなどいない。あれは…)

私は耐えきれずに本音を漏らした。

「だってその方が生き地獄でしょう?私、性格が悪いのです。嫌いになりましたか?」

ルイスは下を向いてくっと笑った。

「いや?奇遇だね、僕もさ」


ふらつくセイレンを敢えて支えてあ・げ・る・。

「ねえ、セイレンご自身の姿をよく見て?」

震え始めたセイレンの姿を、私の瞳に映す。

目を逸らすことができずに、セイレンは瞳に映る自分を見た。

「まあ、なんて醜い人かしら…」

そうポツリと言って、私の頬を枯れ枝の指で撫でた。


「そう。これ、貴方よ。わかる?この姿で生きていくのは生き地獄でしょうね?どうぞ貴方はその地獄の燃える地を、裸足で歩んで行ってくださいませね」

「ねえ、キャンベル、どうして貴方ばかり欲しいものを持っていくのかしら」

「そう思うのなら、貴方はとてもお気楽ですわ。私はとうの昔に一番大切な両親を亡くしました」


私に触れる手をルイスが掴んだ。

「あっ」

「僕の大切な人に触らないでくれ」


痩せ細った頬が蒸気している。

「私、ルイス様に本当の恋をしたのですわ、なのに…私の心を弄んで楽しんでいたのですね!?」

「ふうん?君は想像力逞しいな。自分で勝手に期待に胸を膨らませ、自分で勝手に傷ついて、そういう一人遊びは楽しいのかい?シ・ャ・ン・ド・ラ・伯・爵・令・嬢・。いいや、シャンドラ家は爵位の取り消しが議会で決定したからな。もう伯爵令嬢ですらいられないのだが」

「へ?」

息が漏れるような微かな声を発して、ぺたりと座り込んだセイレンは目を剥いてルイスを見つめていた。騎士団が呆けたその女をずるずると引き摺りながら連れて行った。


その様子をみんなが見ていた。

私の非道さを。

心まで清らかな聖女などではないのだ。だから私は王妃になどとても…


うわあああ!!!と大きな歓声が上がり、驚く。

「よく言った!」「なるほど、あの女には一番の罰だ!」「キャンベル様なら、安心だ!」


「え、ええ?どうしましょう」

ルイスは一番の笑顔で私に微笑んだ。


「今一度問う、我々の婚約に賛成の者は拍手を、意義のある者は挙手をせよ!」


わああああ!!!

盛大な歓声と拍手が沸き起こった。

そこに手を挙げる者は誰もいなかった。

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