第32話魔塔へ帰ろう(ルイス視点)

君は、どこを見つめているのだろう。

大きな目を見開いて、口を少しだけ、ほんの少しだけ開けて呆けている。

意識はないんだろう。呼吸はしている。

まるで、君が今まで魔物やセイレンを固めてしまったあの状態に、君が今なっている。


王太子も国王も、異様な光景に固唾を飲んで見守るしかないといった風だ。

気を失って転がっているセイレンには見向きもせず、キャンベルの頬に触れる。

ぴくりとも動かない。

「帰ろう、キャンベル。魔塔に帰ろう」

うんしょと君を背中におぶって、ハイドレンジアの神殿を後にした。


馬に乗せて滑り落ちたら大怪我をしてしまうだろうから、ひたすらに歩いた。

「君、ここからは竹鳴を振り回していたね。よく作るなあ、今度僕にも作ってくれよ」

ここからは森だ。

魔物が襲ってくることもあるだろう、でも小物ばかりだろうから返り討ちにすれば良い。どうということもない。


「ルイス様!キャンベル殿をどうするおつもりですか!」


僕の中にいた神、ハイドレンジアもいなくなってしまった。

それで、僕の虹彩はヘーゼルに、瞳の色は黒色に戻ったわけだが。

(ということはつまり、ハイドレンジアがキャンベルを連れ去ったと考えるのが妥当だろう。ハイドレンジアが僕の中に残っているのなら、悪魔を一人で封印した為に聖女の力を出し尽くしてしまったとも考えられるが…)


「ルイス様!!!!」

少し力のこもった腕で肩を掴まれた。


「ハイデ…」

「どうするおつもりですか?」

「キャンベルを魔塔に帰してあげなければ」

「本当にそれだけですか?」

「なんだよ、僕とキャンベルは数日とはいえ一緒に暮らしたんだぞ。一緒に帰るだけさ」

「ルイス様!!!」

両肩を思い切り掴まれて、怖い顔で僕を見ている。

「王国を再建するには、あなたが立ち上がらなければならない!そのために今まで泥水を啜りながら私たちは……」

「ハイデ、僕にそんな熱量は残っていないよ、もう。あの国王と王太子だぞ、座していればいずれ王国は滅ぶ。我々が乗り込んで無駄に犠牲を払って戦う必要なんか…これっぽっちもない。今回のことでそれがよく分かった」

「だから…キャンベル殿は早々に始末すれば良かったのです!!」

「冗談がすぎるぞハイデ。ごらん、可哀想にキャンベルは神によって囚われてしまった。僕はどうやって彼女を助けたら良いだろうか」


ハイデは、まるで人形のようなキャンベルを見ている。

「それよりも貴方はすべきことがあります。聖女なき今、王国の領民は誰が助けるのです?医療の介入は不可欠だ。すぐにでも乗り込むべきです」

ハイデは「どうか、懸命なご判断を」と言って頭を下げた。


「……三日…いや、一日で良い。キャンベルと魔塔で過ごさせてくれないか?」

「それでルイス様の気が済むのなら」

「ありがとう」

笑いかけたはずが、なぜか涙が出た。


ハイデはそれ以上追ってこなかった。

背負っていたキャンベルを下ろし、沢の水を飲んだ。キャンベルに口移しで飲ませてみたけれど、嚥下することなく口端から水が溢れるだけだった。

僕は唇を噛んで濡れた衣服を拭く。

今度はお姫様抱っこと言うやつでキャンベルを運ぶ。

「君はなぜこんなに軽いんだい?まるで羽のようじゃないか」


魔塔の下からでも、何日か前に干した洗濯物がはためいているのが見える。

「ああー…まずは取り込むところからだなあ」

僕は一足飛びに窓を目指して駆け上がった。

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