第31話すごくあまいスコーン

『ここにいれば、お腹は空かないけれど、でも口は寂しくなるからさ。私が焼いてみたんだけれど、どうかな?』

それはナッツが入ったスコーンだった。

神様がスコーンを焼くなんてちょっと面食らう。


(お茶を出現させたみたいに、神通力か魔法で出したのかな…)

などと考えていると

『ははは、違う違う。これは私が生地を捏ねてナッツを入れて、ちゃんと窯で焼いたんだよ。昨日君が寝ている間にね』

「神様が?スコーンを?生地から作るんです?」

『そうさ。キャラメルだって自作なんだから。生地に練り込んだんだ。食べてみてよ』

促されて頬張ると、すごく甘くて、ほろほろとした、ちゃんと美味しいスコーンだ。

「おいしい!」

思わずそう言った。

『嬉しいなあ。キャンベルが食べるところを想像しながら作ったんだよ。私はずっと、君のことばかり考えているからね』


(私のことばかりずっと考えてるなんて、そんなわけ…)


『神は嘘はつかない。心の声も聞こえる私たちにとって、嘘なんてなんの意味もないからね。隠し事はするけど』


(隠し事はするんだ…)

『なんだよ、知られたくないことくらいあるさ。秘め事は考えなければ良いだけだから簡単。でも嘘をつくというのは無理。そのことを考えながら喋るんだからね、どうしたって』


なんだかちょっと紅茶が欲しくなると、やっぱりカップにお茶が湧いた。

湧いた紅茶を飲むと、またスコーンが欲しくなって一口頬張る。

『喜んでくれて嬉しいなあ。私にも一口ちょうだい』

私は、まだ口をつけていないスコーンを差し出そうとした。

ハイドレンジア様は、その手を引っ張ってくちづけすると、思い切り口を吸われた。

『あま』

舌を這わせて、唇についたスコーンを舐めとっている。

私は思わず胸を押し返す。

手が震えている。

けれど、ハイドレンジア様は

『怖いの?なんで?私のことは昔から知っているのに?』

金色の瞳で私を見て離さない。『まだ忘れられないのかぁ』と言って私のことを抱きしめた。

「ハイドレンジア様…」

『だから、昔みたいに呼んでよ、ハイドレンジアって。畏まるの、やだ、すごく』


私は返答に困っていたけれど、一呼吸ごとに何で困っているのか分からなくなっていく。

「うん、そうだよね、ハイドレンジア」

『よくできました』

すごく嬉しそうに笑うから、私もつられて嬉しくなる。

もっと喜んで欲しくなる。

『ちゃんとくちづけして?』


(なんでそんな当たり前のことを聞くんだろう)

『…さあ?なんでだっけね?』


そのピンク色の唇から目を逸らすことなく、くちづけした。

『僕のお願いを聞いてくれたから、キャンベルのお願いも聞いてあげなくちゃね。何が良い?』

「そうだなぁ……。そうだ!池…またあの池に行きたいなあ」

と言うと、いきなりハイドレンジアが激昂した。

『なんッでだよッッ!!キャンベル!!!どうして!!忘れろ!!!忘れろよ!!!!私はこんなにキャンベルのこと大好きなのに!!!!どうして!!!!』

肩を思い切り揺すられて、それから腕を締め上げられた。

顔の下半分を掴まれる。

「んんっ!!」

『悪い子はお仕置きしなければ』


急に恐怖が胸に去来した。

『そういう顔、そそるなあ。私だけを考えている顔だ』


なぜだろう、すごく逃げ出したくなる。

ハイドレンジアは白い神服をはだけさせる。

口元の手が優しく触れるだけになった。

『君がちゃんと忘れられたら、水に映った彼を見ながら愛し合おうね』

「?」

『うん、それで良いよ。さあ、キャンベル、お願いを言ってごらん』

「スコーン、私も、食べさせて欲しい」


どうしてだろう、こんなにも逃げたい。

足が震える。


目の前の神様はすごく嬉しそうに顔が綻んで

『勿論だよ!』

と言って、手作りスコーンを頬張ると、口移ししてくれる。

すごく、あまい。紅茶の欲しくなる、そんなあまさ。

すごく切なくて、けれどすごく

「美味しいなあ」


神様は悲しいくもないのに泣きながら笑った。

『嬉しいなあ、キャンベル』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る