第26話牢の前で

『ねえ、キャンベル、喉が乾いてない?』

「うん!乾いた!」


ぽぽぽぽんと目の前の木に桃がなった。


「わあい!ありがとう、ハイドレンジア!!」

『くすくす、かわいいなあ、キャンベルは』


物心ついた頃から聞こえていた声の主は、この国の神様なのだと言う。

今思えば大変失礼なことだが、私は神様に対して、あまり有り難さというのを感じていなかった。それほどに身近な存在だったから。

お父さんとお母さんは、ご飯の前や、眠る前にお祈りをしていたし、私もそれに合わせていたけれど、正直なんで神様に祈らなければならないのか分からなかった。


「ねえねえ、なんでみんなハイドレンジアにお祈りするの?」

私は、神殿に聳え立つこの国の女神の像をしげしげと眺めながら言った。

『これでも一応神様だから。…ああ、偶像崇拝禁止にすればよかったかなあ』

などと言っている。

「ぐーぞーって何?」

『これ、この像のこと。私と全然似てないんだもん』

「似てないの?私、声しか聞いたことないから分からないや」

『実物はもっとすごい』

「可愛いの?」

『…可愛いと言われたことは…ないとはいえないなあ、よく可愛いと揶揄われたよ』

「神様も揶揄われるんだねぇ」

『精霊とか、他の国の神とかに揶揄われたりする』


それってあんまり威厳がないのかなあなどと思う。ますます、みんながなんでハイドレンジアにお祈りするのか分からない。


『言っておくけど、私と話ができる人間はキャンベルだけなんだからね!』

「そうなの?なんで?」

『キャンベルは特別だから』

「いいよ、私特別じゃなくて。普通がいいもん」

『だめ。キャンベルは私の特別なの。キャンベルじゃないとダメだもん』

「えー!?なんで!?」

『…キャンベルは私と話せなくても良いの?』

「それは嫌だけど……」



それ以降だと思う、ハイドレンジア様とお話しできなくなったのは。





✳︎ ✳︎ ✳︎





衛兵に囲まれて、神殿の前を通り過ぎた。

ハイドレンジア女神の像がただ虚しくどこか彼方を見つめている。

「ハイドレンジア様…どこに行ってしまわれたのですか」

ぽつりと呟く。

衛兵から早く歩くよう促され、ぎゅっと唇を噛んだ。


地下牢に続く階段を歩いていく。

セイレンのところに行くんだと思う。

蝋燭の心許ない光に照らされて、いつの間に来たものか、恐らくルイス様の騎士団の仲間が三人、セイレンが囚われている牢の前で番をしていた。

騎士の三人はこちらに気がつくと大変怪訝そうな顔をして、空気がピリついた。


「聖女様がセイレン様と一緒に居られれば、安心ではないか、という国王陛下の妙案です」

衛兵の言葉に、牢の扉の前を三人の騎士が張り付いた。

「退かれよ」

「それはできぬ」

そんな押し問答が続いた。

「これは王命であるぞ!ルカの者が偉そうに手出しするでない!」

と大声を出した。


「ねぇ」

牢の中から声がした。セイレンだ。

「そんなことよりちゃんと客間に案内しなさいよ。湯浴みもしたいわ。綺麗なドレスを用意してちょうだい。夕餉にはシャンパンも出してよね」

しん、とした。

そこにいる誰もが押し黙った。

セイレンは続ける。

「そう、ルイス様はどこにいらっしゃるの?ルイス様とお話ししたいわ」

これには騎士の一人が反応した。

「黙れ!ルイス殿が貴様などと…」


カツン、

足音が響く。

「僕に用かな?君たち、何をしているんだ?」

「ルイス様!会いにきてくださったのね!私をここから出してほしいわ!」

蝋燭の光のせいで、歪んだ笑顔のルイス様は言った。

「セイレン殿、それはしばらく叶わないでしょう。貴方の中に棲む悪魔を封印しなければ。ご協力頂けるかな?」


セイレンは何度も頷いた。

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