第25話好きだ

「キャンベル様、正午です。お勤めの時間です」

畏まっているが、有無を言わさない雰囲気の神官がペコリとお辞儀している。


ルイス様が私と神官の間に立った。

「キャンベルは偽聖女なんだろう?」


白い法衣についた大きなフードを目深に被っているが、鋭い眼光がルイス様を捉えた。

「あっ……」

神官は彼と目が合うなり尻餅をついた。


「…なんだ?この目が恐ろしいか?」

意地悪そうな笑みで、わざと顔を近づけている。


「ひっ…」

神官は平伏して震えた。


私は訳がわからなく、首を傾げるばかりだ。

ルイス様は神官を見下して言う。

「この国はみな不義理な者ばかりになってしまった」

その言葉に、私は少しだけ申し訳ないような気持ちが去来した。

他ならぬ私もこの国を構成する一員なのである。

ならば、この事態は本来この国で収めなければならない。ルイス様はこの国の王族とはいえ、幼い頃にその身をルカ国に置いているのだから。そんなふうに思った。

「平気です。この国の平和のため、歌いましょう」

「キャンベル!しかし…」


ゆっくりと目を閉じる。

遠い昔のような記憶が甦る。

「この国のみんなが私を偽聖女だと蔑みました。私が王太子殿下と婚約したことを厭いました。どれ一つをとっても私が望んだものではないにも関わらず、です。でも、最近少しだけ思うのです、擦れた考えをしていたのは私はなんじゃないかって。そんな気持ちにみんなが気付いてたんじゃないか…ルイス様と出会ってやっと自分に振られた役割に素直になれそうなのです」

「それは光栄だ。君が嫌じゃないのなら、僕に止める権利はないよ」

「いいえ、お気遣いに感謝申し上げます」


神官は頭を下げたまま、すごすごと去っていく。

私もその後を追った時、ルイス様に腕を掴まれて振り向く。

「ルイス様?」


何も言わずに、ただじっと私を見つめている。


「どうされました?」

「どうやら…どうやら僕は君が心配で仕方がないらしい」

「え?」

「無理はしないでくれ。君が不当な扱いを受けていると、すごく腹立たしい」

「ルイス様にそこまで思って頂くような女ではないですわ」

「…許せ」

そう言うと、私をしっかり抱きしめた。


「あ、あの」

「好きだ」


鍛えられた腕が私の心にある一切の不安をかき消した。

不思議な人だ。

ほんの少し私を強くしてくれたみたいに感じる。

「ありがとうございます」

自然に感謝が口から溢れた。






バルコニーに出るとただ黙って虚ろな瞳をこちらに向ける国民たちの群れ。

私はただ、この国の平和のため、それだけのために祈り歌を歌う。


〜♪


私は祈り歌を歌うたび、喉が切れるような感覚に陥っていた。

けれど、今日はそれを感じない。

無事に祈り歌を歌い上げると、所々から啜り泣く声が聞こえてくる。

私は一礼して踵を返した。


国王の間に続くバルコニー。

そこには当然国王とサハリン王太子の姿がある。

二人ともどうにもげっそりした顔でこちらを見ている。


「失礼致します」

とお辞儀をして去ろうとした時、サハリン王太子がすっかり顔色を悪くして言った。

「私はお前の歌を聞くとすごく頭が痛くなる。多分父上もそうだ」

言いながら、近づいてきて、いきなり私の肩を掴んだ。

「!!!」

(痛い!)

ギリギリと強い力で締め付けられる。


「悪魔が…私には魔族の血が入ってるって…言ったんだよ……」

「えっ…」

「お前の歌を聞くと頭が痛くなるのは、私がおかしいのか?」


ぎゅう、と更に強い力になる。

「うっ!!!」

「私は、どうしたら…良いんだ……」

王太子は急に脱力すると、へたり込んだ。


国王が遠くを見つめてぼそりと言った。

「悪魔も間も無く目覚めるんじゃろ。終わりだ、この国は…」

「そう、ならない為に、ルイス様と共に策を弄して立ち向かっています」

「欺瞞だな」

今度はキッパリ言った。

国王は立ち上がり、こちらに向かい歩き出した。

「ルイス・ハーネットソン、いや、ルイス・エンパイア。正当な王位継承者。さぞ儂のことが憎いんだろうな」

一歩、また一歩と近づいてくる。

「いいか、キャンベルよ。あの男は復讐がしたいだけだ」

そして私の前でピタリと止まる。

「儂は悪魔に殺されるか、あの男に殺されるか。…どちらも願い下げだ」

息子と同じように私の肩に手を置いた。

「それでな、良い考えがあるんだ」


私の周りを衛兵達が囲んだ。

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