第16話助けた少年

「本当に、貴方って何者なの」

「君を守る騎士だと思ってくれ」

「もうそんなのに騙されませんよ…」

「あー…うん、すまない」

「私は、私に対して真摯でない人の婚約など受け取りませんから」


ルイスが手綱を持つ早馬に乗り、王都へと向かう最中だというのに、気まずい感じになってしまった。


先を行くサハリン王太子はちらちらとこちらを振り返っては、憤怒を孕む瞳を向けてくる。


(何に対する怒りなのよ、馬鹿みたい)


「あまり気にするなよ、サハリンはいつだってそうだ。いつも何かに対して焦っているし、何かに対して怒っている」


声がすぐ真上から聞こえる。

ルイスと同居しながら、こんなに近づくのは初めてである。

なぜか緊張している自分に気づいた。


「ルイスは…どうして私に求婚する、などと言ったのですか?王太子への牽制ですか?」

「ああ、そうだよ」

「やっぱり」


ため息が聞こえる。

「でも、君にしてみても悪くない話だと思うんだ。考えてもみろ、既婚女性をそうそう軽んじて扱えないだろう?ましてや僕は今ルカの国民だからね、僕と結婚すれば君はルカの人になる。即ち、無理に連れ出そうとすれば国際問題だ」

「そんなの…」

「それに君は偽の聖女なんだろう?尚更なんの問題もないはずじゃないか」

「…ルカに行けば当然、聖女としての務めを果たさなければならなくなるでしょう?もう、嫌なのです」


手綱がぎゅうと握られる。

「君は、偽聖女だ。聖女としての務めなど果たさなくて良い。…誓うよ」

「信用なりません」

「そうか…数日暮らしたくらいでは伝わらなかったかな」

「…もうこれ以上、心をかき乱さないでください」

「悪かったよ」


うーん、とルイスは少し思案して、わざと私の耳に口元を寄せた。

「…僕は以前から君を知っていた。聖女だから?違う、その前から」

「ご冗談を。私の親類は死に絶えていますし、友人と呼べる者もおりません」

「まだ君の両親がご健在だった頃、聖女の力があると分かったのは僕を助けた事がキッカケだ」

「?」

「君がまだ幼い少女だった頃、一人の…王族の少年を助けているんだよ」


(あっ…)

黒髪に、緑の目、中央だけが黄金。

「ルイス・エンパイア……様…」

「…今は母親の姓を名乗っているけどね」

「行方知れずになった、継承順位四位の…」

「そうさ、君のおかげで僕だけは助かったんだよ…キャンベル。当時王太子だった父も、母も、兄たちもみんな殺された」

「お力になれず、申し訳ありません」

「君が謝ることじゃない、父も母も兄ももう息はなかった。僕は瀕死だったから、君によって助かったんだ」

「ルイス様、度重なるご無礼をお許しください」


ふっと微笑んだのだろう、後ろは見なかった。ただなんとなくそんな気がしただけ。


「キャンベル、僕はあの頃から君を想っていた。ルカに逃げ延びてからもずっとずっと。今僕は君を守る史上の喜びに満ちている」

「ですが、なぜ騎士に…しかもブラックアーマーなどに…?」

「ルカに逃げ延びた時、僕は何も持たない一人の人間になった。まさか、王族がブラックアーマーなどになる訳がないと思うだろう?色々と都合が良かったよ、遠征と称して王国の様子も伺える、当然身分も偽れる」

「恐れ入りました…」


はははっと苦笑の声がした。

今、彼はどんな顔をしているのだろう。

「お陰で強くなった。キャンベル、僕が君を守る剣になろう」

「それは、いったいどんな宝剣なのですか…恐れ多くてとても…」

「サハリンは君を取り返すつもりだと思う。そのための牽制だ」

「えっ…?牽制ってそういう…」

言いかけて、口を手で覆った。


「やっぱり、僕じゃあダメか?」

「以前よりお心を寄せていただいたことは理解しました。ありがとうございます。けれど、王族となれば私はまた…その…」

「利用されるんじゃないかって?」


(うっ…気まずい…)


私は黙るしかない。

しかし黙るということは、肯定だということだ。


「信用しなくても良い、いつでも警戒しててくれ。ただ、これから登城する理由如何では僕のいうように求婚を受けてくれないか?」

「…それって」

「君があの塔にいる限り、今日の様に王命が下ることは避けられないよ。ならば、ルカで安全に暮らすことを一度考えてみてほしい」


歩けば、どんなに遠い道のりでも、早馬ではこんなにも早いのだ。

「さあ、もう王都に着くぞ」

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