第13話雨

今日は雨模様である。

「洗濯物、どうしましょうね」

「火魔法と風魔法を組み合わせれば乾くんじゃないか?」

「それ、以前試したんですけど、黒焦げになりました…」

「火を弱めてもダメかい?」

「そう思うでしょう!?思いっきりトロ火だと、風で消えてしまうんです」


うーん、と二人で頭を悩ませた。

「君、いつもどうしているんだい?」

「雨が止むまで洗濯物を溜めてます」

「だよなぁ…」


こんなことで悩む日が来るなんて、なんだかとても幸せな気がして来た。

あっちに魔物が出たの、継承順位がどうのこうので、あっちを守ればこっちが守れないだとか、心が重だるくなるような事で悩まない。悩みといえば洗濯物の心配や、今日の献立。そんな日々はなんという幸福だろう。


(そりゃあキャンベルもここを出たがらないわけだ)


囚われているようで、何にも囚われていない。

身体はここに置かなければならないけれど、心は自由だ。こんなにも軽い。


結局、洗濯は溜める事にした。

キャンベルはさっさと気を持ち直して、ここぞとばかりに本を読み漁っている。まさに晴耕雨読だ。


僕はといえば、体を鍛えるのが趣味なのでどうしようかと考える。

「…雨だと、魚も釣れないし、トレーニングするには…うーん…」

「あら、本棚から自由に読んでくださって構いませんのに」

「いや…その、僕は…人の死を事細かく書いてあるやつが苦手なんだ……」

キャンベルは「へえー」などと言って笑っている。

「なら、これをどうぞ」と一冊の本を差し出された。

受け取った真四角の本は随分と薄い。

「…絵本じゃないか」

「中、読んでみてください」


なんだよ、と思い表紙を眺めた。

『きんいろの しゅくふく』と書いてある。

聞いたことがない絵本だ。



『きんいろの しゅくふく』


せかいのみんなが まだ、かみさまのこころを もっていたころの おはなしです


ヨンは かみさまのこころをもっていませんでした

なぜかは わかりません

ヨンはいっしょうけんめい いのりました

「かみさまのこころをください」

でも かみさまのこころは もらえませんでした


「かみさまのこころを あげる」

しらない おばあさんがちかづいていいました

ヨンはよろこんで おばあさんから かみさまのこころをもらいました


「かみさまのこころ もらったよ」

けれど、みんなはわらって いいました

「そんなの にせものさ」

ヨンはかなしくなって おばあさんにいいました

「みんながにせものだって いうんだ」

「それはみんながわるい」

おばあさんはヨンにいいました

けれども ヨンはいいました

「みんなはわるくないよ」

「どうして?」

ヨンはいっしょうけんめい いいました

「ひととくらべて あんしんするきもち わかるから」


「それじゃあ にせものをあげた わたしがわるい」

「ううん おばあさんはわるくないよ」

「どうして?」

「おばあさんは ほんものをくれたのに にせものにしたのは ぼくだもの」

「じゃあ だれがわるいんだい?」

「だれも わるくないんじゃないかなあ」

それをきいた おばあさんはだれのことも せめない、ほんとうにきよいこころをもったヨンを かみさまにしました


おばあさんは たちまちめがみのすがたになり

「あなたを しゅくふくします」

おうごんの あめがふって、ヨンは そのくにのかみさまに なりました

ヨンをばかにしていたひとたちは みな

おうごんのあめにうたれて しんでしまいました

ひとりぼっちになったかみさまは しあわせなのでしょうか?



「なんだこれ…」

というか、絵がとんでもなく下手だ。

けれどもそれがなんとも言えない不気味さを放っている。

「それ、私が書きましたの」

「この絵本をかい!?」

「そうです、物語も考えて、絵も描いたんですよ」


ちょっとだけ沈黙が流れる。

キャンベルが怖い笑顔を向けた。

「今、絵が下手だとか思いました?」

「ん?うーんと、味のある…絵だと思う…」

「絵心ないんです、私」


ならなぜ絵本を書いたんだろう。

見たところ、確かに出版物ではないようだし、自分で綴じた本であることはわかる。

まだ新しいみたいだし、どう見ても聖女の仕事ではなさそうである。


「これは、なぜ?」

彼女は持っていた本をテーブルに置くと、立ち上がって窓の外を見ている。

「時折、どうしようもなく何かやらなければという衝動にかられまして。風邪をひいて三日も寝ていれば、最初のうちは良くても段々と暇を持て余すのに飽きても来るでしょう?」


そうか、この本はキャンベルが救いを求めた物語だ。


「僕はルカに移住した時、初めて風邪を引いたんだ。10歳の頃だったかな、とてつもなくしんどかったのを覚えているよ。今では普通に風邪も引くけどさ。最初に引いた時は衝撃的だったね」

「ふふ、この例えは王国の方達には理解できません」

「そうだな」


「時折」聞こえるか聞こえないかの声がする。キャンベルは雨の向こう、遥かに聳え立つ王宮を遠い目で眺めている。

「何かなさなければならない、この塔にいるとその思いというのは…衝動というのは、例えようもないほど強烈ですから」


僕はその絵本に目を落とした。

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