第8話ざまあみろという目で(セイレン視点)
王城のベッドの中で、ぼんやりと天井を見つめた。
ベッドの四方には薄い膜が張られ、私が隔離されている現実を突き付けてくる。
突如、王城を揺らすようなブーイングが聞こえてきたかと思うと、それを遮るようにキャンベルの歌声が聴こえてくる。
けたたましいブーイングの嵐が、水を打つようにピタッと止んだ。
祈り歌の旋律が肺を癒していく。しつこく続いていた喀血が治おさまるのが分かった。
この病はどうやら結核なのだそうだ。
(あの女に治してもらうなんて、耐え難い苦痛だわ!!)
思わず耳を塞ぐと、じんわりと咳が堪えられなくなって何度も咳き込み、シーツが血で汚れる。
「ぐっ…うっ…」
両耳を押さえていた震える手が、死にたくない気持ちに負けて、だらんと脱力した。
(悔しい!!許せない!!絶対に許さない!!)
((悔しいんだ。ほっとしたくせに。まあ、これでこの身体でもっと遊べるわね))
(うるさい!!!黙れ!黙れ黙れ黙れ!!!!)
祈り歌が終わると、すっかり身体の怠さが消えている。
治ったのだ。こんなにも簡単に。
(なんて簡単に治るの…なんて簡単に…)
私はぐいっと口元を袖で拭って立ち上がり、敢えていつもより高いヒールを履いてバルコニーへ向かった。
かつかつと鳴らす音をいつぶりに味わうだろう。
(私はこうでなければ)
ヒールが鳴らす一定のリズムが、『私は伯爵令嬢である』という誇りなのである。
雲の切れ間から光がさして、一人の女を照らしている。自然が用意した舞台装置のよう。
よく見れば、それはキャンベルが一礼している姿だった。
民衆は黙り込んでいる。私が歌う時のような歓声はない。ひたすらに静寂が場を支配している。
それをじっと見つめている国王は、まるで眠ってしまったかと思うほどに微動だにしない。
呼吸はしているから生きているのだろう。
完全に意識が飛んでいる。目は開いているのに、視線は交わらない。どこにも視点が定まっていない。
--いや、城の誰もがそうだ。
衛兵も、王太子も、みんなみんな動かず呆けているのか眠っているかのよう。
そして、下で聴いている群衆も。
一様にキャンベルを見上げて固まっている。
私は絶叫に近い声で呼んだ。
「キャンベル・ノイージア!!!!」
まるで一輪の花が風で揺れるようにこちらを振り返った。
一筋の日差しを背にしていて、"聖女"とはこの事かと思うほどの神々しさ。
「…用事が済みましたので、帰りますね」
「待ちなさいよ…」
「待ってどうするのですか?私がいない方が良いのでしょう?聖女様」
頭が沸騰した。歯が砕かれる程に怒りを噛み締める。
「キャンベルッッッ!!!!」
なんという憐みの目で私を見るの。
「これから貴方がどうするのか、この国がどうなるのか、私には微塵も興味がございません。どうぞお好きなように崩壊させてくださいませね」
ペコリとお辞儀をしたキャンベルが「あら」と言って続けた。
「袖に血がついていますわ。そうですわね、聖女は自分の病は治せないのですものね。偽物の私がお役に立ちましたか?…ああ、私は偽物ですから、セイレン様の病は治せないのですものね、どうかお・身・体・ご・自・愛・く・だ・さ・い・ませね」
酷く影のある笑顔だった。『ざまあみろ』と言っているような目で私を見ている。
「そうそう」と手をポンとさせた。
「この国の人たちは、自分達が健康であることになんら感謝することがありません。セイレン様、貴方もです。その状態が普通だからですわ。私、ずうっと喉を痛めていましたの。でも誰にも理解されない、感謝されない。偽聖女は快適ですわ。歌うことをやめてから、すっかり元通りで清々しい気分です。セイレン様のお陰でですわね。ありがとうございます」
ふんわりとカーテシーをしたかと思うと、すっと立ち上がり
「健康が害された時の気分がお分かりになりまして?」
そう言い置いて、キャンベルは大変歩きやすそうな靴でペタペタと去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます