第9話秘密(ルイス視点)

「ルイス様、どうやら王国で動きがあったようです。キャンベル嬢も絡んでいます。キャンベル嬢に身辺警護を付けますか?それとも処理しますか?」


僕の右腕であるハイデが木陰からそう告げた。

「彼女は今どこに?」

「魔塔への帰路についています」

「あの辺はかなり危ない。身辺警護をつけて…いや、僕が行こう」

「御意」

ハイデは音もなく去った。


「さて、僕もこうしてはいられない。聖女様を守りにいかなくては」


正直言って、彼女と会う前は処理をするという選択肢もあった。

王国の未来を考えるのならば、その一手が悪手とは言い切れないだろう。

なまじ聖女の存在が王国を腐敗させていると考えられなくもない。

聖女の扱い方に王国の傲慢さが垣間見える。これでは聖女も王国も国民も総倒れである。


だがしかし処理するという選択肢は、彼女と過ごした一日で、僕の中から消え去っている。

彼女という駒を持つ者が圧倒的有利といえることは変え難い事実だ。

何より僕は今、彼女への興味が尽きない。

王国と聖女が共に歩む未来。その為にまずは他国と同じように、きちんと医療体制を整えるべきであろう。

その上で、聖女への負担を考えれば、毎日歌わせる必要性はないだろう。




それにしても、魔塔近くで野営をしていて本当に良かった。

すぐにキャンベルの姿を見付けることができた。

彼女が一人で森の中に入ってゆくのを確認して、こっそり後をつける。

いくら聖女とはいえ、かよわき女性である。

魔塔近辺では魔物も出るだろうに、どうやって帰るつもりなのか。


(ん?あれは…)


よく見れば、キャンベルは竹鳴ちくめいをぶんぶんと回していた。

竹に穴を開け、紐を付けて振り回すと、人間には聞こえず、魔物にしか聞こえない周波数の音が鳴る。

木こりや山菜取りの爺などがよく身につけている。

弱小クラスならばこれで寄っては来ない。

簡易的な熊鈴のような物である。


(あれも手作りか。よく作るな)


だが、大物の魔物となると話は別である。そもそも頻繁に出るものではないが。


魔塔はすぐそこに見えている。もう間も無く着くだろう。

問題はどうやって登るかだ。


どうするのだろうと思って見ていると

「頼んだ本を持ってきてくれたのですか?ルイス」

そう言って、こちらを振り向いたので、息をのんで二、三歩後ずさる。

「驚いたな。いつから気がついていたんだ?」

「うーん、恐らく初めの頃から」

にこやかに鋭さを見せる彼女にゾクゾクとした。

こんなにもっと知りたいと思うのは初めてかもしれない。


「君は何者なんだ?」

「それは…お互い様でしょう?」

「参ったな…」

「さあ、我が家へどうぞ。今度はちゃんと入り口から入って下さいませね」

「無益に魔物と戦うのは控えたいが…」

「あら、戦いませんわ。私の後についてきて下さい」


滴る汗が止まらない。

彼女は躊躇わず魔塔への入り口へ消えていく。

僕も意を決して、一歩を踏み出す。

帯刀している刀の柄を右手で触れた。


中は暗く、微かに歌が聞こえる。


(これは…彼女が歌っている!)


ポタッと目の前で雫が落ちた。

驚き見上げると、3メートルほどの子どものドラゴンが口を開けたまま呆けている。

慌てて抜刀したが、まるで作り物のように微動だにしない。

その間にも、キャンベルはどんどんと進んでいくので、急ぎ後を追った。


よく見れば、こちらではゴーレムが、あちらではオーガが固まっている。

彼女は恐れることなく、しっかりとした歩みでずんずんと進んだ。

その歌声に何か秘密があるのだ。僕たちが知らない何か。


(なぜ僕にそれを見せてくれているんだ?)


僕に少しでも心を許してくれているのではないかと思うのは期待しすぎだろうか。


次の階への階段を登る。

彼女の歌声はなんと頼もしく、その足取りはなんと勇ましいことだろう。


結局、難なく最上階へと辿り着き、彼女の部屋に戻ってくることができた。

部屋の扉にしっかりと聖女の封印を施す。


(ああ、あの日見た部屋だ)


彼女はくるりとこちらに向き直って、少しだけ微笑み言った。

「ここへは梯子で登り降りするしかない、だから私は外へ出ることは叶わない。そう思って頂いておりますの。実はとても自由で快適だなんて誰も思わない。……さっき見たことは…秘密、ですわよ?」

「なるほど。変に生活が充実しているわけだ」

「とはいえ、いつか言ったようにリスさんや鳥さんの協力は必要不可欠ですから」


なんて寂しそうに笑うんだろう。


「じゃあ、僕も何か秘密を明かさなければならないだろうね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る