第4話ターンオーバー

「お断りします」


気がつくと、私はそう言っていた。


「…なぜだい?君は不当に扱われているのではないのか?」

「不当…そうかも知れませんね」


手札を見つめた。

ジョーカーはルイスが持っているんだろう。


「私、この魔塔でとっても快適に暮らしています」

「快…適…?」

「ええ。それはとても。聖女としてお勤めをしているときよりもずっと快適です。リスや小鳥が木の実や果実を持ってきてくれたり、蛇や鳳が魚や兎を届けてくれる。誰にも咎められる事なく一日のんびり暮らせるんです。今、私はすごく幸せなのです」

「女性一人で?階下では魔物が彷徨いているのに?」

「あら、女一人でもそれなりにやっていけるのですよ。ここには本がたくさん持ち込めましたし。それに、聖女の力で扉を封印していますから、最上階であるこの部屋には魔物は入ってこれないのです」


「そうは言っても…」と呟くルイスの瞳は、虹彩が緑で金色の瞳をしている。

ちらっと横目で見ると、手が帯刀していた刀に触れている。

それを見た瞬間、ぶわっと汗が吹き出た。


私を見つめたまま、ルイスは帯から刀を外すと、重たい音を立てて箒だのが立て掛けてある所に、箒同様立て掛けた。


(確かに殺気を感じた…気がする…)


箒を長さ順に並べている。意外と几帳面なのかも知れない。

「…帰りに階下の魔物を殺そうか?」


その申し出に私は頭を振る。

「必要ありません」

「そうか」


ルイスは「適当に寝させてもらう」と言って壁を背にして、すぐに寝息を立てた。

ベッドもソファも勧めたが固辞された。

燭台の炎を消してベッドに潜ると、私もすぐに眠った。


昼間あれだけ寝たと言うのに、いくらでも寝られる。この暮らしは最高だ。

いくら寝過ごしても誰からも怒られない。

喉を酷使しなくても良い。

(彼…ルイスは何が目的かわからないけど、私はこの暮らしを手放すつもりはないわ)




業火の中、人々が叫んでいる。

ここは地獄だろうか。

「助けて!」「聖女様!」「治癒を…!」


火の粉を払いながら、人々のために、慌てて祈り歌を歌う。


「偽物!」「お前は偽聖女だ!」「俺たちを騙しやがって!」「出てけ!」


燃え盛る人達は口々に罵倒の言葉を浴びせる。


「ならば、聖女なしで暮らせば良いのよ!私がどんな思いで…」

叫んだけれど、人々の悲鳴と罵詈雑言がそれをかき消す。





汗をかいている。

酷い悪夢だ。

窓の外を見ると、まだ朝が明けきっていない。


ルイスはまだ眠っている様子だった。


(…朝ごはんを作ってあげよう)


いつ死するとも知れないブラックアーマー。戦場の悪魔。

せめて美味しい朝食を、とそう思った。


(なぜ彼はそんなに危険な仕事をしているのだろう…)


命令されたから、父親から受け継いだから、或いは自らがそう望んだから。


目玉焼きはターンオーバーが好きなので、ついルイスの分も両面焼きにしてしまった。


(起きてから聞けばよかったかしら)


レーズンパンにチェリートマトのサラダを添え、レンズ豆のスープを食卓に並べた。


ぼうっとしているルイスに気がついた。目が半分も空いていない。雨水を濾過した水で顔を洗うよう促す。


「寝込みを襲われたら、たちまちやられてしまいそうね」

「気をつける」と言って笑っている。


朝の時間は好きだ。

鳥が鳴き、澄んだ空気が心を清め、一日の始まりに感謝する。


「む、ターンオーバーだ。気が合うね」

「良かった。起きてから聞けば良かったと思って」

「このレンズ豆のスープも美味い。パンは自家製だろう?よく作るものだ」

「なんでもあるもので作らなければ、ここでは生きていけませんから」

スープを掬う手が止まる。視線を感じた。

ルイスがにこにこと笑っている。

「ああ、出立が惜しいな」


真意が分かりかねて、微笑みで誤魔化した。


その後、「一宿一飯のお礼」だと言って、塔の下へ駆け降りていったかと思うと、鴨を二羽と沢山の果物を採ってきてくれ、川から水を汲んできてくれた。

「何か必要な物があったら今度持ってこよう」

と言われたので、社交辞令だと思い、牛乳と何冊かの本をお願いした。


丁寧にお辞儀をして、去っていく背中を見送る。

彼はこちらを見ずに軽く片手を上げると、まっすぐ歩いていき、その内見えなくなった。



昼が来て、夜が来た。

本を読んでベッドに入る。


少しだけ人が恋しくなった自分がいる。

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