第5話喀血(セイレン視点)
私の歌声を求めて、連日多くの人々が王城に押し寄せた。
王太子殿下と共にバルコニーへ姿を現すだけで響き渡る歓声にゾクゾクする。
(なんて優越感)
この世界のあらゆる生命エネルギーを取り込む様に肺いっぱい空気を吸い込んだ。
キャンベルよりも1オクターブ高音の祈り歌が大地に轟く。草木が戦ぐ。空が畝る。
(なんて心地いいの!私、いくらでも歌えるわ!)
人々が私へと手を伸べる。
王太子はとろんとした目で私を見た。
歌い切った私にいつまでも止むことのない絶賛の拍手が送られる。
「聖女様!!」「セイレン様!!!」「もう一度お姿をお見せください!!」「聖女様!」
王城の応接間へと通された後も人々の絶叫の声は止まない。
「君は最高だ、セイレン」
「サハリン様…」
そうすることが当たり前の様に、口付けを交わす。
「君の歌声を永遠に聴いていたいよ。平民のキャンベルより、ずっと…魅力的だしな」
(そんなの当たり前じゃない)
外ではまるで嵐の様に人々の声が止まない。
「大変です!王太子殿下!シャンドラ伯爵令嬢様!」
火急の報せに、王太子は明らかにムッとした。
「…なんだ、申せ」
「シャンドラ伯爵令嬢様の歌声を望むあまり、熱狂した者たちが暴徒と化しております!」
「そんなもの、お前たちで何とかしろ。何のための衛兵なのだ」
「し、しかし…あまりにも人数が多く、場は混乱を極めております!!」
王太子はため息をついて、のそっと立ち上がった。
「…君が今一度、バルコニーへ行ったらいいのじゃないか?」
「え?私が、ですか?」
「君がもう一度歌えば、納得して落ち着くんだろ」
(なんなのよ!私を何だと思っているのよ!?)
でも、そんなに私が良いのかと思うと、満更でもない自分がいた。
(仕方ないわね)
((もう少し、もう少しだ))
私の中で誰かが何か呟いている。
このところよく聞こえる。気味が悪いけれど、私の行手を阻むものでなければ捨て置くわ。
「聖女様!!」「もう一度!もう一度!」「聖女様!」
さあ、聴いて。1オクターブ高い、私の祈り歌。
みんな、なんてうっとりした顔で聞いているのかしら。
この場の全員が私の虜になっている。
簡単な旋律。だけれど、心酔するほどの力を秘めた歌。
キャンベルが歌ったのでは、ここまで人々の心を掴むことはない。
最後の一音に最も力を込めて歌い上げた。
ある者は手を振って、ある者は拳を突き上げている。大きな拍手が響き渡った。
その時、喉に違和感を感じた。
「げほっ!けほっ!」
私の手のひらにはべっとりと血がついていた。
「な、んなの…?」
さあっと血の気が引く。
「あ、あ、さ、サハリン様…」
何だという顔で覗き込んだ彼は口を押さえて尻餅をついた。
「お前!それ!伝染病じゃないだろうな!?」
「そんな…!!たすけ…助けて!!!誰か…治せる人を呼んで!!!!」
「馬鹿な。治せるのは聖女しかいない!!!!そして聖女は自らの病を治すことはできぬ!!」
(キャンベル…?)
助けて。
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