第3話君を連れて帰りたい

遥か遠方の王城を見る。

心なしかどんよりとくすんでいるのが分かる。


私はそれを横目で見ながら洗濯物を干した。

この塔は高さがある分、よく乾く。


「昼過ぎには乾きそうね。リスさん、雲行きが怪しいから、雨が降ったら教えてくれる?」


リスは、キュイっと鳴いて部屋の中を駆け回ってから、窓の外に出ていった。

さて、ふかふかの布団で二度寝をするか、干し肉とパンで朝食にするか迷うところである。

じっと台所を見ると、いつか作ったレーズンバターの残りがあったのを思い出して朝食にしようと決めた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





つんつんと頬をつつく者がある。

目を開けると子リスが私の頬を突いたり擦らせたりしていた。

「あら、すっかり寝てしまったわね…あ!洗濯物!」


朝餉の後、結局眠気に勝てずベッドに潜り込んでしまった。

外を見ると、とうに昼は過ぎて夕方に近い。

目を擦らせながら洗濯物の様子を見る。


(良かった、雨は降らなかったのね。ああ、さすがに乾いているわ…)

一日を無駄にしてしまったような気持ちになってため息をついた。


「す、み、ま、せえーーーん!」


突如大きな声が響く。周囲を見回していると

「こっちです!こっち!」


塔の真下から、男性が手を振っている。

少し躊躇ったが思い切って声をかけた。

「どうしたのですか!?」

「あの、討伐で森に入ったら○△××◯!!!!!」

「え!?なんです!?」

「◯△××◯!!!」


だめだ、聞こえない。

どうしても距離がありすぎて、何を言っているのか分からない。

私がうーん、と思考していると


「良いです!そっち!行きます!」

「え!?ま、魔塔ですよ!?」

階層毎に魔物がうじゃうじゃといると言うのに…ここに辿り着く前に死んでしまうかもしれない。


(助けに行かなくては…)

けれど、どうやって?

勿論客人なんて来たことがないから、オロオロするばかりだ。


「おりゃああああ!!!!」


(え!?)

先ほど叫んでいた人は、風のように走ったかと思うと、鳥のように跳躍した。

それから狭い煉瓦と煉瓦の隙間を足がかりにしてこちらに駆け上がってくる。


突風と共に、顔が間近に迫ったので思わず叫んでしゃがみ込んだ。

「きゃあああああ!!!!」


彼は部屋の中に飛び込むなり、何回転か転がって、勢いを殺しながらベッドの脇で止まった。


「やあ、すまない、驚かせてしまって。女性の部屋に窓から侵入する無礼をお許しください」


(ありえない)

思わずぶるぶると震えた。

この人は本当に人間なのだろうか、そんな事を考えてしまう。何しろ息一つ乱れていない。


「もう少し上手に着地できたらなあ」などと言いながら、被っていた兜を取る。

「森で討伐をしていたら、仲間と逸れてしまって、一晩世話になれないだろうか?」

黒髪がさらっと目にかかる。


(…きれいな人)

瞬間、そんな事を思う。

中性的な顔立ち、線の細い体つき。魅入ってしまう。とても無礼だと気づいて、自らの頬をつねった。

「…貴方は…ブラックアーマーなのですね」

最前線で勇ましくその剣を振るう、戦場の悪魔。


「あ、怖い、ですよね!?人を見つけて嬉しくなってつい…」

「いえ、驚いただけで…。その、こちらこそすみません」

「あ、僕やっぱり野宿します!」そう言って窓に手をかけたので思わず止めた。

「でも仲間の方と逸れてしまったのでしょう?この辺りは魔物が出て危険です。粗末なものしかありませんが、よろしければ、どうぞ…」


彼は少し驚いた顔をして、頭を掻いた。

拍子抜けしたような、そんな表情。


「ルイス・ハーネットソンと申します。一晩、お世話になります」

お辞儀をしてからしっかりと見つめられる。

(不思議。黒髪に緑色の目)





✳︎ ✳︎ ✳︎





「残念!そのカードがジョーカーでした!私の上がり!!!」

「あー!5戦全敗だ!!どうなっている!キャンベル、このカードはイカサマじゃないのか!?」


私はカードの山をトントンと一束にする。

「まさか!聖女がイカサマなんてしま…せん…」


ルイスはその束を私から取ると、また分配を始めた。

「…君の噂は聞いているよ、キャンベル・ノイージア」

「ルイスはルカ国の方でしたね、醜聞が広がるのは早いものですわ」


ルイスはハイネット王国より南のルカ国の出なのだそうだ。

なぜハイネット王国の領地にいたのかは、聞かなかった。

聞いたところで私にはどうしようもない。


「醜聞?いや、ルカではハイネット王国の王太子に対する批判の声の方が大きい」

「そう、なのですか?」

「批判というとちょっと違うか。まあ、お馬鹿さんだと嘲笑する声だな…あ、すまないハイネットの人にこんな事を言って」

「良いのです。私は祖国にいながら存在を隠匿されている身ですから。ここでは心のままに何を言っても自由なのです。気にするものは誰もいません」


指と指が触れそうな距離だ。

(王太子殿下と婚約した後だって、男性に触れたことすらないのに)

今更ドキドキしてどうするのだろう。

じっと見つめられると、目を逸らしたいのに、逸らせなくなる。


「ルイス、貴方は緑の目をしているのに、中央の瞳の部分は黄金なのね…不思議だわ」


その言葉にルイスがぴくりと反応した。

「…この目が恐ろしいかい?」

「いいえ、美しいです、とても」


じっと私を見つめていたルイスだが、いきなりぷっと笑い出した。

「うはははははは!!!」

お腹を抱えて笑っているので、何事かと思う。

「る、ルイス!?」

「はーっ…君のとこの国は馬鹿だなぁ!あはははは!」

何がなんだか分からなくて、ハテナが三つくらい頭の上に浮かんだ。


目尻の涙を拭いながらルイスは言った。

「君を我が国に連れて帰っても良いだろうか?」

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