カムタマ文明 第二章 ~ ネム ~
賢人、地の底から現れ、原始の
ネムは天高く聳え、水清らかに湛え緑豊かにし、あらゆる万象は煌々と流れ、回る季節に逆らわず、万物は自然と合わさるだけの毎日に感謝し、繰り返す日々を脈々と謳歌していた
満ち足りた毎日もやがて万の歳月流るる頃、ネムへの感謝は薄れ忘れゆき、万物は争い、貪り、怠け、廃れ、邪気に蝕まれ、いつしか霊魂は闇に埋もれ、慈愛の消えた万物は疑いもなく苦しみを選択し、自滅への道を突き進んだ
其れを見兼ねた賢人は地の底からネムのお尻目掛けて杖を投げ突き刺した、するとネムの頂きから満々の岩漿が吹き出し、空は噴煙により濛々と紅く染まった
火風が十日間で地上の殆ど全ての物を焼き尽くした後、原初以来、暗黒だった夜空に満月が生まれた
下弦、二十六夜月、明けの三日月を超えて、新月を迎えると隠された星々が遠くから姿を現していた…
隣国エソゴで発見された石板には、ネムについてこう記してある。この石板を含む12枚はエソゴの南に位置する海岸沿いの洞窟から発見された。石板は他の遺跡からも発見されてはいるが、エソゴほど状態の良いものは見つかっていない。
しかしながら、エソゴの石板も文字が薄れていたり表面が欠けていたりで完全体とは言えない。そのため著書では他国で見つかっている石板を参考にし、文章を照合して、見えない文章をぼんやりと浮かび上がらせた。この研究の甲斐があって、その見えない文章とは以下の様な内容であろうと想定できるに至った。
夜が明けると、東方より白い太陽、西方より黒い太陽が昇った
黒い太陽は見えない光でネムを照らしていた、いつしかネムは幽かにも見えざるものとなった
それから億の時流れるに合わせて、黒い太陽は姿を隠された
その年の暮れ、月が白い太陽をすっぽりと隠した時、ネムは姿を表した、しかし、その姿は無惨にも荒れ果て生気を失っていた、暫くして太陽と月が離れると、太陽はナジャイヴの造った太陽に戻っていた
ネムの変わり果てた姿に復活を願い祈る者は多くあれどネムに変化はなく、世界は長い日照り、止まない雨、溶けない雪、揺れる大地など天変地異は日常化していた
祈れども変わらない現状に皆は落胆し、万物の消滅の予感に苛まれ、希望はなくなった
それでも時は流れ、天に大きな大きな雷雲が生まれた或る日、極大な入道雲を抜けて、輝かしい光に包まれたひとりの天女が現れた、その天女がふぅーっと息吹きを風に乗せて世界を一回りさせると、大原野に緑が戻り、川は穏やかに流れ、ネムが姿を現した
ネムは復活した
万物は喜び感謝し慈しみ…凡ゆる礼を尽くしてネムや賢者や天女を畏れ崇めると闇堕ちした霊魂が輝きを取り戻した
今、この世界を再びネムの無い世界にしてはならない、その為に我々は決して見えないが存在する魂と記憶と知恵を永遠と受け継がせることにした…
見つかった石版にはネムについてこう書かれている。
この当時、カムタマの人達はプルニツ山のことを『ネム』と呼び、皆ネムを畏怖し再び消える事なきよう崇め讃えていたと伝え聞く。其れを裏付けるように、プルニツ山の中腹にあるニマタ村では現在でも、四月の満月の夜になると豊作と山への感謝の為、農作業の合間に村の若い女達がネムシダテと呼ばれる踊りを山頂で舞う祭祀が行われている。
凡そ一億年前、現在のパイオーツ山脈はまだ形成されておらず、プルニツ山は独立峰であった可能性が高い、人類の祖先達はその独立峰ネムの恩恵を余す事なく享受していたのである。
『カムタマ文明』~第二章 ネム~現代語訳版 満梛 平太郎 @churyuho
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