第2話 東へ

少し前まで英雄だとアリエスを賞賛していた人々は,王宮から出てきたアリエスを避けるようになっていた.


アリエスは,怒りを抱えつつも自分の矜持の為に必死に気持ちを堪えていた.カッコを付けていた.


そんな状況の中で一つの王命を見てこの状況の訳をアリエスは理解した.

『大罪人アリエスに手を貸すものは,仲間とみなしてみな死刑とする』


何も考えず,アリエスが国家反逆をしたと信じているものもいたが,もちろん,それが濡れ衣だと思う人も一定数はいた.しかし,王の命令に逆らい死ぬ覚悟を持って助ける人間は,残念ながら居なかった.


「これは,仕方ないか」

アリエスは小さくため息をついた.もちろん,今まで行ってきた人助けを全て仇で返された事に何も感じていないわけでは無かったが,人助けに理由も恩も求めないのが勇者であると自信に言い聞かせていたので,怒りに任せて動くことはしなかった.もはや,怒りや悲しみを超えて少し冷静になり始めていた.


「だとしたら歩いて,この国を……1週間以内には無理.はぁ,ああ,どうして国家反逆罪の濡れ衣を,政治的な思惑か……そう言うのは良く分からない……ああ,これは,エリさんの言うとおりになったのか.」


アリエスは一人小さく呟いていた.


昔,勇者パーティーの仲間であった魔法使いのエリに『お人よしだけじゃ何も救えない.助けるだけで相手が助かられたと思うわけがない.だから,私はあなたの人助けするところが嫌い.もっといろいろな事を知っておかないとそのうち,破滅するよ.』なんて旅の最中に言われた言葉を思い出していた.


その時,アリエスはその言葉に反論していた.しかし,現に今,無実の罪で追い出されたのは,アリエスが無知であった部分も少なからず関係していた.アリエスはその言葉を思い出し少し噛みしめていた.


しばらくして,アリエスは少し深呼吸をして,とりあえず先に進むために持っている物を確認した.


折れた聖剣

元々は世界に10本しかない聖剣の1本だったが,現状,剣が半分折れており,切ることは不可能である.聖剣としての力は失われているただの剣.


昔,恩人のヒカリ(故人)から貰った本 

勇者の心得と恩人が集めた不思議な魔法の案や不思議な魔法が書かれている本.


少しの硬貨 3日暮らす程度はあるが,張り紙からみるにアリエスに手を貸すものはいないので使える場所がないただの金属の塊.


「……」

小さくアリエスは深く息を吸って,この状況から目を背けることにした.


「とりあえず,未来の目標を決めようと.」

国の外に向かう事しか決まっていなかった.


(復讐…違う.勇者ならしない.違う目標….まずは,剣を直したい.聖剣としての機能は戻らなくても,綺麗な剣の形に戻したい.次は,ヒカリさんから貰った本の研究をしよう……他には,ゆっくり,ゆっくりしてみたい.そうだ,僕がいなくても魔族は問題ないのなら,ゆっくりすれば良い……,ゆっくりか.)

アリエスは,そう思いつつ,とりあえず笑った.勇者は逆境で笑うものと聞いていたのだ.


ヒカリは,恩人で肉親がおらず勇者になる為に,施設で強大な戦力,兵器として戦うことばかりを教えられた.そのアリエスを唯一人として,勇者として接してくれた人物.その勇者としての教えが正しいかったのか,誰にも分からないが,少なくともアリエスに取っては,恩人だった.


「とりあえず,一週間で,歩いて国から出るのは無理でも進むか.」

アリエスは,そう悩むのをやめて,周りの助けに期待するのを辞めて歩き始めた.戦いばかりしていたアリエスが知っている道は限られていたが,一つ,他の誰よりも知っている国外への行き方があった.


「東に行こう.」

東の方角には,魔王軍の本拠地の魔王城がかつてあった方向であった.

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