5 関越えてまずは商館そして商人 (2)
勇者館で手形帳に記帳を済ませたあと、シャンさんの店に向かう。
暑さが和らいできた(それでも十分に暑いのだが)ためか、人通りが増えている。大半は畳んだ日傘を持つ華人の男だが、天秤棒を担いだテャム人の女も歩いている。異人である自分に目を向ける人はほとんどいない。
食堂らしき店先にはいろいろな部位の肉が吊るされている。台に並べられた豚の頭に驚く。実は魔物で、突然目を開けたりして……。厨房から勢いよく火と湯気が上がる。生くさいにおいを焼いた肉と油のにおいが吹き飛ばす。
シャンさんの店の表看板には赤地に金色の文字で【金行】、その横には複数の国の言葉で【両替】と書かれている。隣の店の前では数人の男たちがニワトリを闘わせている。
シャンさんがこちらに気付いて言う。
「おおあなた来たとねっ。来る思ってたよ。私のところが一番相場よかけんねっ。ちきっと待っててください」
カウンターの奥には金の首飾りだろうか、装飾品がズラリと吊り下げられている。
先客がひとり。黒髪で大ぶりの剣を肩掛けにしている。男が振り向いた。船で乗り合わせた勇者だ。自分と同じようにパーティーを作らず、ひとりで乗船してきた男。航海中、互いにひとりだし、エイ語の鍛錬も兼ねてと話しかけたのだが……。
船に乗り合わせた者同士がパーティーを作ったりメンバーを入れ替えたりすることはよくあることらしい。けれどもこの男とパーティーを組むことは絶対にない。
この男はどことなく人を見下す態度があって、いけ好かなかった。出身国を聞いた時も「“合衆国”さ。と言ってもキミ、知ってるのかな?」などとそっけなく返してきたのだ。腰に差せないような大剣をこれ見よがしにしていることも、今ではいけ好かない。
合衆国野郎は両替したカネを数え終えたようだ。店を出るときにこちらを一瞥して口元に浮かべる薄笑いが、またいけ好かない。
「今のお客ね、ちょっとやな人よ」とシャンさんも言う。
「あとね、近くにヒンダ人街あるけど行かないほうがよかよ。ヒンダ人は信じちゃだめっ。魔物とヒンダ人がいたら、先にヒンダ人をぼてくりこかすとよかたいっ」
両替が終わり、シャンさんに礼を言って店を出る。
それにしても奇妙な硬貨だ。人の奥歯か、いやそれよりも何か卑猥なものを連想させる。銀の塊を両側から二本の指でグイと折り曲げたような形で、花かお日様模様のようなものが刻まれている。額面はなく大きさで区別する。田舎では貨幣経済が普及していないが、勇者が行くような所では問題なく使えるとのことだ。
昔、ヤマタとテャムの間に交易があった時代には、ヤマタのカネも流通していたらしい。今では直接の通商はないが、刀の柄に巻く鮫皮は華国の船によってヤマタへと運ばれていく。腰に差した短刀の柄に着せた鮫皮も、テャムからの輸入品かもしれない。もしそうであれば、里帰りしたことになる。
むらさめのふるかわきせるふるさとや
シャンさんは宿も紹介してくれた。ヤマタでは商人だった、と言うと「ほんなこつ? 何してましたか? 両替?」。勇者相手の商売をしていたと説明すると、「あなた勇者に商売してたのに勇者になりよったとですか。なんかことわざみたいですねっ」と話が弾み、商人宿を勧めてくれたのだった。
勇者館の脇には会社が出資し華人が経営する安宿があるのだが、「あそこはうるさいし泥棒と
「私の知ってる人の宿よ。華人街の端っこ。狭いけど、ひとり部屋、蚊帳付き。ひとり部屋では一番安いよっ」
それはありがたい。汗臭い男たちと雑魚寝の部屋で荷物に気配りしながらの滞在では、心身共に休まるいとまがない。幸いカネには余裕がある。異国に慣れるまでの間だけでも、あまり出し惜しみしないほうがいいはずだ。
シャンさんは「それにね、これできるよっ」と軽く握ったこぶしを上下に動かし笑った。
……出し惜しみしないで済む。それはとてもありがたい、
商いは侍よりも腹を割る
「はらいたい」でもよかかな、などと考えながら紹介された宿に向かう。
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