三 時間C 宿

3 石になり笑う四人の男たち

 魔法使いが指先に小さな火を灯した。赤髪に無精ひげの顔が照らされる。

 それでふと我に返った。いつの間にか薄暗くなっていたのだ。


 ヤシの実を灯明皿にした秉燭ランプの灯心に火が付く。洋卓テイブルを囲む男たちがぼんやりと照らされる。皆、一様に押し黙っている。


 静かな夕暮れ時だ。カエルと虫の鳴き声だけが響く。虫よけに焚いている香の甘辛いにおいが漂っている。


 山奥の宿。高床の建物で、部屋は床上の二階部分。はしご段を上ると屋根も壁もない露台となる。寝室と露台の間には一段分高くなった、屋根はあるが壁のない半屋外空間の居間がある。

 四人がいるのはその居間だ。


 昼間の驟雨スコールの降り始めは覚えている。薄暗くなってもわかるほどの露台のぬれ具合が、きょうの雨も短時間ではあるが激しかったことを示している。しかし、雨が止んだことや、日が沈み始めた時の記憶がない。

 どこかにいるヤモリがキュッキュッ、と鳴く。


 正面に座る魔法使いが煙管パイプを手に取る。火皿を逆さにして指で叩き、新しい物を詰めている。パイプをひたいの前に掲げて「ボン・シャンカール」と呟き、吸い口を咥える。再び指先に火が現れ、それを火皿に付ける。煙を深く吸い込み、しばらく肺の中でとどめて、ゆっくりと吐き出す。煙の青くさいにおいが香のにおいに取って代わる。


 向かって右側に座るのは黒髪の(自称)騎士。

 椅子に深くもたれ込み、目を閉じて口元に笑みを浮かべていたが、煙のにおいでハッと目を開ける。

 魔法使いからパイプを渡されると、いっそうの笑顔になりそれを額に掲げる。「ええと、なんだっけ? ボン・ヴォヤージュ?」


「ボン・シャンカール」と魔法使い。異国の真言マントラだ。


「そう、ボーン、シャーンカール。我が雑草よ、我が神よ。我は汝を信仰し、洗礼を受けたりし。神の雑草に感謝を」

 そう言って騎士は煙を吸い込む。そして激しくむせ込み、ランプの火がゆらめく。

 呼吸が整わないまま、「お次は、我らが勇敢なる、商人にっ」と、パイプを回してきた。


 受け取ったちょうどその時、近くでカエルが大きな鳴き声を上げた。


  神無備かんなびの煙れる森にむせかえる


 騎士みたいにむせないよう、ゆっくりと深く煙を吸う。肺にしばらくためて、顔を上げ天井に向けて吐き出す。煙が散ると、屋根のワラ一本一本が薄闇の中で鮮明に見えるような気がする。


 向かって左側には金髪の元修道士。

 ずっとうつむいたまま、テイブルの一点を見つめている。そこに置かれているのは、乾燥した草の花冠を刻みほぐし、葉でくるんだ物が数本。そして巻きかけて中断した物。

 パイプを差し出すが、反応しない。


「彼は不活性な石になったのさ」呼吸を落ち着かせた騎士が言う。「アーメン」


 その言葉に反応して、ゆっくりと顔を上げる元修道士。


 騎士が「おお、沈没船が浮上した」と言って笑う。


 元修道士は「ゆれている……」とつぶやく。


 ランプの火のことではなさそうだ。彼の視界が船のようにゆれているのだろうか。


 差し出されたパイプに気付くとそれを受け取り、胸元の銀のリングに当てる。そしてパイプを持った手で円を描く。

「神に感謝を。ボン・ジェズ」

 少しだけ煙を吸い、吐き出しながら魔法使いにパイプを渡すと、巻きかけの葉を手に取って「巻いている……」とつぶやいたきりまた動かなくなった。


 四人ともまた押し黙る。


 カエルの鳴き声に意識を集中させると、音に輪郭があるかのように聞こえる。それが頭の中で跳ね回るように感じたため、今度は虫の音に集中させる。こちらは頭には入り込まず、周りを取り巻いている。

 悪くない。


 竹のコップで水を飲む。煙で喉が渇いているせいもあるが、これがやけにおいしい水だ。竹の切り口からもいいにおいがする。


 ふいに元修道士がうつむいたまま「ワタシは巻いている……石」とつぶやく。そしてまた沈黙。


 ヤモリが鳴く。


 しばらくして、騎士が「ぷふっ」と吹き出した。


「くっくっくっ」と魔法使いも笑う。


 こちらもつられて笑いだす。


 何がおかしいのかわからない。わからずに笑っていること自体がおかしくなって、笑いが止まらない。


 男たちの笑い声が響く。

 薄闇の中、ランプの火がゆらぐ。

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