コインパーキング
あべせい
コインパーキング
とある、郊外のコインパーキング。
妙齢の婦人が、駐車した車から降りた男に声をかける。
「もしもし、あなた」
「はい、何か?」
「この車、あなたのでしょう?」
「そうですが。どうかしましたか?」
「こういう車の止め方は、どうなンでしょう」
「いけませんか?」
「後輪が遮蔽板の前にあるでしょう」
「このほうが、出るときラクですが……」
「あなただったのね。最近、このコインパーキングの不正利用が多くて、問題になっているの」
「私がこのスペースに正しく車を止めますと、遮蔽板を壊してしまいます」
「同じ言い訳をするのなら、もう少し、おもしろいことが言えないの?」
「すいません」
「この駐車場はふだんから、あまり利用客がないの。1日よくて、4台か5台かしら」
「もったいない。これだけの土地を遊ばせておくなんて」
「あなた、そこにじっとしているのよ。動いちゃダメよ」
婦人、携帯を取り出す。
「あなたの車の止め方は料金不払いにつながりますから、これから警察に通報します」
「奥さん。こちらの佐崎パーキングのオーナー、佐崎佐二郎さまの奥さま、みやこさまでしょう」
「どうして、わたしのことを……。あなた、この駐車場に用事があって、お見えになったの?」
「奥さま。私は、全国展開しているコインパーキング会社『ザ・コイン』開発営業部の武倉(たけくら)と申します」
名刺を差し出す。
「わたしのことをどうしてご存知なンですか?」
「我が社では常に情報収集を心がけています。しかし、奥さまのことは、情報より何より、拝見して一目でわかりました」
「わたし、あなたにお会いしたことはないわ」
「私が、奥さまがみやこさまであるとひらめいたのは、奥さまの気品あるお洋服です。ジーンズにTシャツ姿で自転車に乗りスーパーを駆け巡る、このあたりの主婦の服装とは大違いです」
「このスーツね。きょうは息子の授業参観があります。あと30分もすれば出かけなければならない。あなたはヨイショがお上手。主人にあなたの爪のアカを煎じて飲ませてやりたい……」
「奥さま、こちらのパーキングで、問題がおありなのでしょう。それで調べておられた?」
「この5番の駐車スペースで不正駐車があったらしいから見て来て欲しいって、主人に頼まれて。チェックしていたところ」
「不景気のせいでしょう。最近、コインパーキングは軒並み、売り上げを落としています」
「うちは落としているどころじゃないわ。始めたときから、ずーっと沈みっぱなし」
「残念ながら、そのように見受けられます」
「わたしは、当時ここを時間貸しの駐車場にすることには反対だったの。駐車場なら、せめて月極めにしよう、って」
「お気持ちは痛いほどわかります」
「月極め駐車場がダメなら、レンタルボックスにして、お家賃をもらったほうが、面倒がなくていい、って。それなのに、主人は聞かなくて。わたしが主人と離婚しようと決意したのは、この駐車場がきっかけよ」
「離婚ですか。奥さまはとてもお美しい」
「また、ヨイショ?」
「こんなに美しい方が……。離婚なさったあかつきは、私とおつきあいしていただけますか」
「そのときが来ればね」
「ご結婚なさって、何年ですか。3年?」
「5年よ」
「5年で離婚ですか……。ご主人は、確か50代前半、奥さまは、20台後半……」
「主人は、なんでも自分の思う通りにしないと気がすまない性格よ。それでもいままで我慢してきたのは、主人のやり方が2度に1度はうまくいっていたから。それがこの駐車場を作ってからは、外れっぱなし。この駐車場を作って3年になるけれど、年間300万円にもならない。20台分のスペースがあるのによ。最初は、最低でも年間1000万円の売り上げを見込んでいたの。この周辺では、最低の稼働率。だから、わたし、早く離婚して、財産分与でこの土地をもらって、マンションを建てたいの」
「奥さん。早まらないでください。弊社が管理していますコインパーキングは、どこでも売り上げを伸ばしています」
「そういう話は、稼働率のいいパーキングにもっていって。ここでは時間の無駄よ」
「奥さま、弊社のコインパーキングをお試しになって、それでもダメなら、マンションなりレンタルボックスなり、おやりになればいいでしょう。試さないで断ると、あとで必ず後悔します。いいえ、後悔させます」
「一括借り上げでしょう」
「ご存知なンですか」
「当たり前でしょう。うちも、コインパーキングを始めるとき、わたし、主人に黙って、業者に相談したの。そうしたら、この土地をそっくりお貸ししたら、毎月一定額を支払うって。つまり、この土地を貸すだけの契約。私は、そのほうが月極め駐車場と同じで、面倒がなくていいと思ったの。そうしたら、うちのバカ亭主は、自分で設計して、機械を導入して、自分で管理するって。聞かなかった。それがこのていたらくよ。あのバカは、元々山っ気が多いの。毎月同じ金額をもらうのは、腰抜けのサラリーマン根性だと思っている。稼いだ額だけ、懐に入れる。それしか、ないの。うちのうすらトンカチには」
「そうですか。そういう方にはぴったりのシステムをご用意できます」
「あのうすらバカに付ける薬がある、っていうの」
「はい、ァ、いいえ。お勧めしたいのは、我が社の最新機器を導入したウルトラシステムです」
「なに、それ?」
「ですから、ウルトラシステムです」
「売り上げを伸ばす方法がある、っていうの?」
「その通りです。ここを弊社のコインパーキングにしていただければ、来月から2割増、再来月には3割増、2年後には、5倍の売り上げをお約束します」
「5倍?」
「いいえ、少なくても5倍です。多いところでは、20倍増を実現したパーキングもございます」
「1日4台か5台で青息吐息の駐車場の稼働率を、あげることができるっていうの?」
「それが私の仕事です」
「武倉さんの会社では、どんなやり方でやるの?」
「本題ですね。奥さま!」
「なによ、あまり見つめないで。わたし、ヘンな気持ちになるじゃない」
「奥さま、私がご自宅までお伺いせずに、このパーキングで奥さまをお待ちしていたのには理由があります」
「あなた、うちのことをどこで調べたの?」
「営業相手を知らずに仕事ができますか。我が社の情報網は業界随一です。奥さまに関していえば、奥さまは、このあと午前10時半には、前妻さまのご子息が通っておられる西赤塚小学校6年2組の教室に授業参観においでになる。それだけではありません。最近、この駐車場で不正利用が頻発していることをご主人がとても気になさっておられる。そこを突いて、我が社のライバル会社『パークウエー』営業の細太が、一括借り上げ方式を連日のように勧めに来ている、など……」
「そうよ。あの細太って人、ちょっといい男だからと思って、話だけは聞いているの。でも、あなたと比べると、細太さんもそれほどじゃないわね」
「ありがとうございます」
「でも、そのようなことまでご存知なら、主人が愛人を作っていることもご存知なンでしょうね」
「いいえ、奥さま。例え、私がご主人の秘密を何か掴んだといたしましても、それがスキャンダルにかかわるものでしたら、口が裂けても言わないことが我が社の営業マナーです」
「ということは、その秘密がわたしのものであっても。堅く守っていただけるということね」
「当然です」
「わたし、あなたとしばらくお近付きになろうかしら。いい?」
「仕事の次でしたら、いつでもお相手いたします」
「気に入ったわ。お話をうかがいましょうか」
「佐崎パーキングを我が社の管理にした場合、まず、駐車料金を周辺のパーキングより5割引き下げます。具体的には、現在の15分100円を30分100円にします」
「そんなに下げたら、ここは確実につぶれる」
「話はここからです。大幅値下げでこの周辺のコインパーキングを利用する車は、ここになだれ込みます。次に、こちらの佐崎パーキングには、20台分の駐車スペースがございますが、これを一気に28台まで拡大します」
「そんな! この駐車スペースだって、あのパカが慣れないパソコンと格闘して、どうにかこういう区割りにしたの。運転の未熟なドライバーからは、通路が狭いと苦情をいわれることがよくあるくらいなンだから。これ以上台数をふやすなんて、絶対無理よ」
「奥さま、それには発想の転換が必要です。ここに20台の駐車スペースがあるのは、なぜですか?」
「この白線が描いているからでしょう。28台分の駐車スペースになるように白線を引き直せっておっしゃるの?」
「そんなことをすれば、車が止められないどころか、駐車場内を車が走れなくなります」
「どうしろと……」
「白線は引きません。白線はすべて消します」
「白線を消す、って! そんなことをしたら、駐車する位置がわからなくなるわ。お客さまがどこに止めていいのか、迷われるでしょう」
「そういったご心配はご無用です。我が社では、独自に開発中の高性能パーキング・ロボット、略してPR、このPR・1号2号を使い、24時間お車を誘導、かつ監視します」
「ロボット!? そんなロボットがあるの?」
「ですから、不正利用防止のための遮蔽板やゲートは一切必要ありません。2体の、それもかわいい女性の姿をしたロボットPR・1号と2号が、駐車場の左右2ヶ所に、神社の狛犬のように鎮座するだけです」
「そんなことで悪質な利用客が撃退できるの?」
「このPRには、車が止められていた時間から料金を計算して、お金を収納するレジ機能をはじめ、不正客を発見した場合、警察や警備会社に連絡する通報機能、不正利用の車が逃亡した場合、どこまでも追跡するGPS機能などが備えられています」
「でも、さっき駐車スペースを示す白線は描かないとおっしゃったじゃない。利用客は、車をどこに、どの位置に、どんな風に止めていいのか、わからないでしょう」
「そこです」
「どこよ?」
「お探しになられても困ります。その部分が、PR・1号と2号の最大の機能です。1号2号は、見かけは狛犬やシーサーのように鎮座していますが、台座に16個のキャスターがついておりまして、高速移動が可能です。1号と2号は、利用客の車が入ってきますと、車の前に回って、空きスペースに誘導します。基本的には、入口から最も遠い位置から駐車するよう誘導します」
「従わないお客だっているでしょう」
「そういうお客さまには、PRが『割増料金をいただきますが、よろしいでしょうか?』とアナウンスします」
「でも、例え白線は引かなくても、車を止める形って、だいたい決まるでしょう。塀際に沿ってとか、隣の車の横に沿ってとか……」
「当然です」
「それなのに、いまより最大8台も多く止められるっていうの?」
「当然です。それには仕掛けがあります。現在、開発中の、車積載用の特大台車を用います」
「車積載用台車って、なに? 聞いたことがない」
「車が1台そっくり乗せて運ぶことが出来る大型台車です。名付けて、スーパーキャリーカー、私どもはSCと呼んでいます。このSCは、車を乗せるときは高さ5センチ程度ですから、車が自走してそこに乗り上げることができます。そして車を移動させる際、SCは、内蔵されている油圧ポンプで25センチの高さに持ち上がり、車を目的の場所まで運びます」
「その台車にはエンジンがついているの?」
「電気自動車と同じ強力な電動モーターが装備されています。ですから、お客さまのお車は、海外向けに船積みされる車のように、互いにぴったりとくっつけて駐車させることができるのです」
「それが、20台が28台になるカラクリってわけね」
「さようです」
「そのSCって台車、どこにあるの?」
「まもなく、完成の予定です」
「台車の操作は、だれが行うの?」
「PR・1号と2号を予定していますが、人間でも簡単に行えます」
「わたし、でも?」
「奥さまなら、朝飯前です」
「なんだか、雲行きが怪しくなってきたわ……」
「なにか?」
「その特殊台車、1台おいくら?」
「300万円です」
「2台だと600万円。ロボットは?」
「1体1200万円です」
「2体で2400万円。台車と合わせて都合、3000万円! それはだれが負担するの? 私たちじゃないでしょうね」
「当然、パーキングのオーナーさまにお願いいたします」
「冗談じゃない。3000万円も新たに負担して、いったいいつ元がとれるっていうの。20年先、30年先?」
「私どもの試算では、佐崎コインパーキングさまの場合、18年先ですが……」
「バカいってンじゃないわ!」
「奥さま、冷静になってください。話はこれからです。パーキングロボットは現在開発中です。3年後の実用化をめざしています。すぐには間に合いません。ですから、まもなく完成しますスーパーキャリーカーSCをフル使用します」
「どういうことよ」
「SCは、さきほども申しましたように自走能力がありますので、お客さまのお車を乗せれば、台車どうしぴったりとくっつけて駐車させることができます」
「車には大きいのや軽自動車のように小さいのもあるわ」
「SCの台座部分は、3段階にスライドします。大型車、小型車、軽自動車の、3タイプの車に合わせて、大きさは自由に変えることが出来ます。ですから、28台の駐車も可能に……」
「そうなると、そのSCは車の数だけ必要になるわ。28台分用意できるの?」
「当然です。現在、工場は24時間フル操業で、生産にあたっています」
「1台300万円といったわね。28台分、うちが負担する、って?」
「奥さま、そんな暴力的なことは申しません。リースでお願いします」
「リース代は?」
「年間、1台10万円です」
「28台で、しめて280万円。悪くないわね」
「そうでしょう。お決めになりますか?」
書類を取り出し、
「契約書をお持ちしています。どうぞ」
「待って。ロボットがいないのよ。だれが、料金を計算するの?」
「このSCにレジ機能をとりつけます。高さが25センチありますから、車は料金を払わずに台車から降りて逃走することはできません。ほかに、何か?」
「大事なことが残っているわ。その台車SCは、だれが操作するの? ロボットがいないのよ」
「もちろん、人間が行います」
「人を雇ったら、24時間営業だから3交替で、年間最低でも1000万円はかかるわ」
「いいえ、奥さま、この操作はリモコンで行えます」
「リモコン?」
「ご家庭にいて、テレビ画面に映し出される駐車場のようすを見ながら、操作できます。テレビゲームと同じです。右のボタンを押せば前進、左のボタンを押せば後退というように、ゲーム感覚で行えます」
「また、いやな予感がしてきたわ」
「そうでしょうか。奥さまでも、ご主人でも、ご家庭のお茶の間にいながら、テレビゲームをする感覚で、駐車場の管理運営ができるのです。これは理想のパーキング管理システムだと考えますが……」
「だったら、あなたたちにもできるじゃない? 事務所で片方のテレビでゴルフ中継を見ながら、もう一方のテレビでこのパーキングのようすを見て管理運営をする」
「奥さま、それはいけません。私どもにお任せになりますと、オーナーさま方には決して有利とはいえない一括借り上げ方式になり、オーナーさまには毎月、わずかな一定額しかお支払いできません。ご主人ような利潤猛追型のオーナーさまは、すぐに爆発なさいます。『こんな微々たる儲けでやってられるかッ!』って、おっしゃって。その矛先は、奥さまに向かいます。家庭はメチャクチャ。ケンカは絶えない。若くて美しい奥さまは離婚に踏み切らざるをえない。ですから、佐崎さまには、ご提案できかねます」
「ずいぶん、顧客のことを考えてくださるのね」
「それが、我が社のモットーです」
「幸い、わたしも夫もテレビゲームは大好き。暇さえあれば、ゲームに熱中しているわ。夕食後から始めて、気がついたら朝になっていることも少なくない」
「そういうことでしたら、この駐車システムはうってつけです。遊び感覚で、収入になります。ピコピコと指でリモコンを操作するだけです」
「ピコピコね。でも、わからない。そんなに簡単な操作でコインパーキングが運営できるのなら、さっきも言ったけれど、どうしてあなた方が代わりになさらないの。そのほうが会社の利益につながるでしょうに」
「そうでしょうか」
「そうよ。そのほうが早く離婚話がもちあがって、私は財産分与で、この土地がいただけるもの」
「それは、いい」
「どうしたの?」
「会社の営業方針には反しますが、ここは奥さまのおっしゃる通りにいたしましょう」
「何か、気にさわった?」
「コインパーキングの操作は、おっしゃる通りこちらでいたします」
「わかってくださったのね。わたしは離婚して、この土地の所有者になるけれど……」
「そうなれば、私は即座に、奥さまにプロポーズいたします」
(了)
コインパーキング あべせい @abesei
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