(十五)

 この国一番の大都会シュート。狭い土地に、縦に細長い建物が密集している。建物が多いというだけでいったらロソと似通っているが、シュートの方がより洗練されている。

 都会には人が集まっている。本は読まれたがりだから、人がいる所に集まる。というわけで、数多の本が飛び交うシュートの空は他の街より狭い。古本やら新刊やら選り取り見取りである。

 この中から探すのか……と私は辟易した。探すのが目的ではない時は楽しい空間だろうが、私にはそぐわない環境である。今まで散々目移りしてきた自覚はあるが、限度だってある。この本の数だと、修繕屋も把握しきれていないだろう。大体何だ、この修繕屋の数は。明らかに、人口と本の数とに見合った軒数ではない。少なすぎる。

 少ないといっても、純粋な数字だけ見れば、他の街より遥かに多い。これは数日かかりそうだと私はため息をついた。

 結局、これといった収穫は得られなかった。都会には大概の物があるが、それらは私の求めている物ではなかった。

 ただ、私にはなかった発想で、本を楽しんでいる修繕屋はいた。その人は、私が入った時、ちょうど絵本の修繕をしているところだった。修繕の終わった絵本を見せてもらう。幻想的で、それでいて、こんな場所が実在するのではないかと思わせられるような説得力のある絵が載っていた。話にも引き込まれた。

 本から顔を上げると、店の壁に小さな絵はがきが数枚飾ってあるのに気づいた。この絵本に似た画風の絵が描かれている。絵本に登場してきた風景もあれば、見覚えのない絵もある。生前の作者と知り合いだったのだろうかと考えていると、私が絵はがきを見ているのに気がつき、修繕屋はためらいがちに話しかけてきた。

「まずいですかね、それ」

「何がですか?」

「その絵はがき、私が作ったものなんです」

「えっ?」

 私はまじまじと店員を見つめた。本とは、故人の思いが形作られた物である。それの作者ということはつまり……。

 私の視線の意味を察し、店員は続けた。

「私は本の作者ではありませんよ」

 絵はがきを全て壁から外す。

「この絵本を読んで感動したものですから、自分でも作ってみたくなったんです」

 絵はがきを手渡される。それらは、絵本に出てきた場所や、絵本には出ていないがありそうな場所から、絵はがきが送られてきたという設定で作ったものだと説明を受けた。そこには、架空と現実という隔たりなどないかのようだった。本を読んで感想を語らい合う人達には会ってきたが、こんな形で自らの思いを表す人に出会ったことはなかった。

「まずいですかね」

 店員がもう一度問うてくる。この人が一から作った物ではないのは確かだ。これはあの絵本ありきの物なのだから。だが、それを理由に捨てさせるのはあまりにも惜しかった。

「別にいいんじゃないですか。制約はあるでしょうけど。絵本の作者だと名乗らないとか、これがオリジナルだと主張しないだとか」

「そうですよねえ」

 店員はあからさまに安心した様子だった。そして、いそいそと絵はがきを引き出しへとしまい込んだ。

「あんまり大っぴらに飾るのはよしときます。勘違いが起こるといけませんから。きちんと説明した上で、絵本を読んだ人と感動を分かち合おうと思います」

 私に訊く前から、この人の中でも答えは固まっていたのだろう。きっとその後押しが欲しかったのだ。あと、この絵本の読者も。私達は、絵本の感想を思う存分語り尽くした。

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