(六)

 自ら飛び込んだとはいえ、変な宗教団体と関わって疲れた。人が少ない穏やかな街に行きたい。そう思っていたが、最寄りの街がそこそこ栄えているグチラだった。ここを後回しにすると非効率なルートになる。私はおとなしくグチラへ向かった。

 ここの修繕屋でも何も得られなかった。こういったことの方が多いので、私は失望しなかった。ゾネやハルアでの例が稀だったのだ。

 最後の修繕屋を出ようとすると呼び止められる。

「あんた観光客だよな?」

 厳密には違うと自覚しているが、傍から見れば似たようなものなので肯定する。

「グチラ・クロールって知ってるか?」

「何ですかそれ」

 その答えを聞くやいなや、修繕屋の目の色が変わった。

「兄ちゃん、時間あるよな?」

 私は本当に時間があったので問題なかったが、有無を言わさぬ物言いだった。

 やけによそ者を歓迎していると思ったらそういうことか。歓迎していながらも、皆どこかソワソワして、私に何か言いたげだった。その口火を切ったのが、修繕屋の親父だったというわけである。

 私はだだっ広いフィールドの脇にあるベンチに一人座らされていた。遠くの向かいのベンチにも誰かが一人座っている。恐らく敵チームの一員だ。こんな広い運動場が付随する公園は、田舎ではよく見かけるが、グチラにもあるのは意外だった。街の中心部から離れているというのに、見物客達が黒山の人だかりを築いていた。反比例するかのように、本はチラホラとしか飛んでいない。普段は人も中心部にいるのだろう。

 両チームの打ち合わせが終わったのか、私はフィールドの中心に呼ばれた。敵陣の彼も呼ばれる。ルールを説明してくれるのかと思いきや

「じゃあ始めよう」

と修繕屋が言った。習うより慣れよということだろうかと考えていると、向こうの彼が明らかに「エッ」っと言いたげな戸惑いを見せた。

「あの、すみません。ルールを知らないんですが、大丈夫ですか」

と私が問うと、彼もコクコクと頷く。修繕屋の親父が

「ああ、それでいいんだよ」

というのでますます解せなくなった。

「ルールを知らない奴を各チームに一人ずつ入れるのが、グチラ・クロールなんだ」

 だからよそ者が必要だったというわけか。すでにこの街の人達は皆グチラ・クロールの熱心なファンのようだ。恐らく熱心なプレイヤーでもあるのだろう。その中からどうやってプレイヤーを選んだのかは疑問だ。私を誘った親父と、彼を誘った敵陣の誰かには優先権があったに違いない。

 後から知ったことだが、旅行で来ていた彼は、私が来る三日前からグチラにいたらしい。まさか、もう一人のよそ者が来るまで足止めを食らっていたわけではあるまいなと私は訝しんだ。

 審判の笛で試合が始まった。楕円形のボールが宙を飛ぶ。あの空気がパンパンに詰まった硬そうなボールが当たったら痛そうだ。運動が然程得意ではないので、私は遠巻きに見ていた。それに対し、例の彼は見よう見真似で果敢にも挑んでいる。気弱そうな見た目とは異なる印象だ。集団の中でもみくちゃになりながらも、彼がボールを掴んだ。

 審判が短く笛を吹く。その途端、ボールを奪い合っていた彼らは散り散りになった。ボールを持っている彼を遠巻きに、棒立ちでじっと見つめ始めたのである。時間にして約一分だっただろうか。非常にいたたまれない。その間、辺りを窺いながらもボールを持ち続けた彼の胆力には目を瞠るものがある。やはり、見かけのみでは判断できない男のようだ。

 だが流石に堪えたらしく、一分後、彼はボールをそっと地面へと置き、逃げるようにしてボールから離れた。私の隣にいた男がボールへと近寄る。敵チームの一人だ。他の男達は動かない。一呼吸置き、彼はボールを蹴り上げた。手を使ってはいけなかったのか。そう思ったが、皆、手やら足やら頭やらを使ってボールを奪い合っている。

 そうやって取り合っていると、たまたま私の方へボールが山なりに飛んできた。腹と腕を使って、抱え込むようにしてキャッチした。近くにいた誰かに手渡しする。敵か味方か確認もしなかった。近いから渡しただけだ。その誰かはボールを受け取ると、フィールドの枠線に添うように走り始めた。他の皆はそれを妨害するでもなく見守っている。また見る時間か。

 何周かして男が戻ってきた。考えることをやめていたので今更気づいたが、敵チームのようだ。彼は私に走り寄ってきて、ボールを手渡しで返そうとしてきた。私としては、投げたり蹴ったりしてボールを受け渡すのが普通で、手渡しはイレギュラーな行為だろうと踏んでいたのだが、そうでもないようである。何にせよ、私はそれを拒否した。腕を背中に回し、かぶりをふった。私の意思を察したのか、彼は差し出していたボールを抱え直した。そして先程と同じように走り始めた。前述したように、このフィールドはかなり広い。それの外枠に添うように走るとなると、かなりの距離になる。その行為を再びやらせてしまったことに若干の罪悪感を覚えないでもなかったが、早く試合終わんねーかなという思いの方が強かった。

 相も変わらず謎の動きが続く。何一つ分からない。法則が見出せないのだ。せいぜい、観客の歓声や野次で、今のプレイがよかったか否か判断できる場合がある程度だ。独特のリズムで審判が笛を鳴らす。今度は何だと思っていると、プレイヤー全員がフィールドの中心に集まる。試合終了のようだ。公園の時計を確認すると、開始から数十分しか経っていなかった。ルールを知れば面白いんだろうか。

 私はルールを理解できないまま終わったが、もう一人の方は、一つルールを発見したらしい。それを聞き、修繕屋が耳を差し出す。耳打ち。修繕屋がおおと感嘆を漏らす。正解のようだ。

 ルールを知らない者が私一人になってしまったため、二試合目は行われないことになった。ルールを知らないふりをするのは、スポーツマンシップに反するとのことだ。例の彼を含めて、皆残念そうだった。私は曖昧に笑っておいた。

 グチラの街を後にする。相変わらず進展がない。

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