(四)

 サパに着いた。ハルアの隣街だ。どうやら今、サパではホラーが流行っているようだ。少し不思議な話として片づけられる軽いものから、読後は暫く一人でいたくなくなるものまで、怖さに差異はあれど、サパにある本はどれもこれもホラーだった。住民も片っ端から捕まえては読み耽っている。

 ジャンルごとの本の群れが存在するのも知ってはいるが、街全体を牛耳るほどの規模を見たのは初めてだった。私が探している本はホラーではないため、今飛んでいる中にいる可能性は期待できなさそうだ。

 修繕屋を出て、私はぽけっと空を眺めた。ジャンルの入り乱れる空しか知らない私にとって、サパの今の空は感慨深かった。こんな空は、それこそ本の中でしか知らなかった。

「お兄さん」

 声をかけられ、私は慌てて横へ移動した。出入り口を塞いでいただろうか。小さな笑い声。

「どうしたの?」

 声の聞こえた方へ目をやると、男の子がしゃがんでいた。

「ごめんね、邪魔だったかい?」

 てっきり修繕屋に入りたいのだと思ったが、男の子はかぶりをふった。

「お兄さん、よそから来た人?」

「そうだよ、よく分かったね」

「何となく。雰囲気で分かるもん」

 男の子がまだ話したそうだったため、私達は道の端にあるベンチへ座った。男の子はぽつぽつと自分と身の回りの話をし、私にも話をせがんだ。私は、今までに滞在した街の話をした。

 日が暮れてきて、この歳の子が一人でいたら心配になる時間になってきた。送るために家の場所を聞こうかと思案していると、男の子がもじもじしだした。

「お兄さんはさあ、ホラー好き?」

 どうやらこれが本題のようだった。今までのは前置きに過ぎなかったわけだ。だが、もう夕方だ。打ち切るのは可哀想だが、あまり長引かないようにしよう。

「まあまあかな。帰りながら話さない? お家の人が心配してるよ」

 私は立ち上がったが、男の子は動かなかった。目を輝かせてこちらを見ている。

「ほんと!? お兄さん、怖いの苦手?」

 どうやらこの子の期待する答えだったようである。私は諦めて腰を下ろした。

「得意ってほどじゃないね」

「そっか~。僕ね、すごーく苦手なんだー」

 男の子はにこにこしながら足をぶらつかせている。

「でもね、この街の人達はホラー大好きでしょ。だから僕、ちょっとつまんないんだー」

 男の子はやや眉根を寄せた。私は後頭部を掻く。今は猫も杓子もホラーを読んでいるから、それにはまることができないこの子は肩身が狭いのかもしれない。

「そうかー、早くホラーの群れが移動するといいね」

と相槌を打つと、

「うん。こんなこと言っちゃ、群れに悪いけどね。でも、ずっといたらどうしよう」

と男の子は俯いた。声は明るいため、それほど悲壮感はないが、どうにか元気づけてお別れしたかった。

「どうしても嫌だったら、旅に出るのも楽しいよ」

 きょとんとした顔で、男の子は見上げてくる。

「サパが合わないからって、君が悪いわけじゃない。ハルアが、シュートが、或いは別の国が君の居場所かもしれない。今は難しいだろうけど、いつかよそにも行ってごらん。外が合わなかったら、サパに戻ってきてもいいし。人生は一度きりだけど、失敗はいくらでもしていいからね」

 収拾がつかなくなってきた。男の子もいまいちピンと来ていない。顔が熱い。

「えーと、つまり」

 弾けるような笑い声。

「ありがとう。お兄さん、優しいね」

 そして男の子は目の前でいきなり消えた。跡形もなく、幽霊のごとく。案外本物だったのかな、と私は頭を掻いた。

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