(三)
霧の街ハルアへやって来た。
よそからハルアへ飛んで来た本と、ハルアで生まれた本とは明確な違いがある。前者は、ハルアにいる時間が長くなるにしたがい、次第に湿り気を帯びていく。あまりにも酷くなると、修繕屋が手を加えてから飛び立たせる。ハルア産の本は、霧の中を飛んでいくことを想定されているので、霧に強い素材で作られており、濡れにくい。紙の感触の違いを楽しみながら、よそから見たハルアについての本と、ハルアの中から見たハルアについての本を読み比べた。
修繕屋が並み居る通りへと入って行く。もちろん、一軒一軒立ち寄るつもりだ。何しろハルアは、この国最多数の修繕屋を誇る街である。ハルアに限らず、修繕屋を虱潰しにしていくのは気が遠くなりそうな作業だが、手を抜いた結果情報を取り溢す方がよほど嫌だ。
そういった気概で取り組んではいるものの、収穫が現段階でゼロというのには閉口した。期待していなかったといったら嘘になる。ここまで手ごたえがないとは。ついに残り一軒になってしまった。私は棒切れのようになった足を動かしながら店内へと入っていった。
天は私に味方した。
「一度見たことがあります。あたしが何歳の時だったかな」
店員の孫娘だとかいう利発そうな子がはきはきと答えてくれた。ゾネの古語を知っているなんてと驚いたが、大学で専攻していたらしい。幼い頃その本の一部を書き写したことがあるらしく、大学生の時にそのノートを見つけた時は驚いたと語った。せめてそのノートだけでも見せてもらえないだろうかと頼む前に、
「まあ、もうそのノート捨てちゃったんですけどね。随分前に」
とからから笑った。そしてフォローするように
「でも、あなたが言ってるその一文しか書き写してなかったと思うなあ」
とつけ加えた。
これは本物を目にするまで取っておけということだろう。私は都合よく解釈することにした。
行き先を知らないか訊ねる。その人は首を傾げた。訊く前から察してはいたが、やはり分からないようである。
「シュートに行けばあるんじゃないですかね。都会だから」
と彼女は提案した。
私もそれを考えないではなかったが、如何せん遠い。スタート地点であるキュックからはもちろん、ここハルアからも遠い。他の街へも立ち寄りながらシュートへ向かうとしよう。元々、全ての街を巡る覚悟でこの旅を始めている。
私は、詩集を見かけたらゾネの修繕屋へ連絡してくれと伝えてハルアを出た。
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