第21話

 サーシアは部屋を片付けながら、両親について話し出した。二人も彼女に倣って、部屋に散らばった紙を拾い上げて行く。


「研究者、ていうのとはちょっと違うかな。お父さんが調合士で、お母さんが魔法使いだったの」


「調合士?」


「植物と植物を合わせて薬を作る人のことよ。単体では毒物でも、重ねることで身体を癒す薬になったりするの」


「ほほう、それはすごいな。では、この紙のほとんどは、その調合のための資料といったところか」


 サーシアは首を横に振る。集めた紙を机に置いて、母親のベッドに腰を下ろした。二人も拾い集めた紙を机に置いて、座るサーシアに向き合う。


「パパとママにはね、ずっと追い求めてたものがあったの。それを、魔法と調合の技術で、実現させようとしていた」


 リッカは、一番上に置かれた紙にふと目を向けた。そこに太字で記されている言葉を、読み上げる。


「癒しの魔法……」


「そう。パパもママも、傷ついた人を癒し続けてた。医者ではないんだけど、そのせいで皆からは医者だと思われてたわ。おかしいわよね」


 わざとらしい笑声を漏らす。二人の戦士は、この集落に起きたことを、なんとなく察し始めている。


「町医者のようなことを繰り返し行ってきたママたちは、ある時思ったの。癒しを与える魔法は生み出せないのか、って」


「魔法を生み出す!? そんなこと、王都の研究者が束になっても難しい話だぞ」


「でしょうね。所詮、実現不可能の夢でしかなかったわ。でも、ずっと諦めなかった……。私が産まれる前から、パパが調合薬を作って、魔法使いのママがそれを取り入れる。ママの使う魔法が癒しを与えるようになるかどうか、何度も繰り返したらしいわ」


「そんな、人体実験みたいなことを……」


 香り立つ美しい髪が、重力に従って垂れ落ちる。俯いたサーシアは、静かな語りから一変して声を荒げ、ベッドに拳を振り降ろした。


「ママが苦しむ姿、パパが頭を抱える姿を見るのは辛かった。でも、それ以上に! 誇らしかった! パパとママが、傷ついた人を助けるために人生を捧げる姿が、格好良くて、誇らしかったの」


 自己犠牲を良しとするか否か。単純に考えれば、他人を助けるために自分が傷つくのであればそれは、支離滅裂なように思える。しかし、そういうことではないのだろう。


 リッカは、大粒の涙を滝のように流す女性を見つめていると、胸が苦しくなった。きっと彼女自身、自己犠牲の是非を問い続け、苦しんでいたのだろう。大好きな両親だったからこそ、肯定したい思いは強く、しかし、だからこそ、否定もしたかったのだ。元気な姿で共に、家族の時間を過ごしたかったのだ。


 サーシアはその後も泣き続け、ようやく泣き止んだところで、どうやら眠りについてしまったようだった。母親の枕を大切そうに抱え、母親の匂いに抱かれながら娘は安堵の表情を見せていた。


 二人の男は、赤子のように眠る娘に気を遣い、家の外へと出て行った。


「既に、死んでいるんだろうな」


「ああ。慈愛の精神は素晴らしいが、なんとも悲しい話だ」


 二人は、サーシアの家の前から離れず、その場に腰を下ろした。サーシアが言っていた通り、集落の人が自分たちを恐れて家にこもっているのなら、あまり出歩かない方がいいだろう。

 腹も満たされ、夜風も涼しい。


 二人は黙然としたまま辺りを見回した。漂ってくる、微かな血の匂い。この集落で何かが起きたことは、間違いなかった。そのこととサーシアの両親に関係があるのかどうか、二人には見当もつかぬことであったが、サーシアが嘘をついていることは、明白であった。


 集落の人間は、他所の人間を恐れる。それはきっと、嘘偽りない事実であったのだろう。だから、そのことは疑うこともない。だが、それはあくまで集落の人たちの特徴というだけであって、現状、誰も姿を見せない、ということに当てはまるものではなかった。


 もし本当に。今もなお、二人を恐れて集落の人たちが家の中に隠れているのだとしたら、その中で生活が行われているはずである。さっき、サーシアの家で二人がしていたように、風呂に入ったり食事をしたり、家族と談笑をしているはずである。


 そのために、人にとって必要不可欠なのが、光だ。真っ暗な闇の中では、まともに動くことすらままならない。


 だというのに。この集落の家はどれ一つ、明かりがついていなかった。窓から光の眩しさが零れているのは、サーシアの家ただ一つだったのである。


「ラルド、右だ!」


 言いながら後方に飛び跳ねるリッカ。ラルドも異変を感じ取っていたのか、リッカの声よりも先に身構えていた。


 右隣りの民家から、二つの人影が扉を開けて現れた。その影は、血の匂いを巻き散らし、猛獣が死に絶える寸前のような奇妙なうめき声を漏らしている。


 微かな月光に映し出されたその姿は、人の形ではあったが服は身に纏わず、闇に溶け込むような黒で身を覆っていた。頭部が人よりも一回り大きく、くぼんだ眼窩の奥底に、瞳らしきものが見える。全体的に骨の形が分かるほど痩せ細ってはいるが、腹部だけは妙に膨らんでいた。


「住人、というわけではなさそうだな」


「この集落は、既に魔族に襲われていたのか」


 血の匂いの元凶は、魔族が集落の人間を襲い、喰い殺したからであった。ラルドは戦斧を両手で握り締め、後方でリッカはすぐに動けるよう低く態勢を取っていた。

 

 戦闘が始まる。リッカは、寝ているサーシアを起こしに行こうと思ったが、ふとよぎった。魔族に占領されたこの集落にいた一人の人間、サーシア。彼女は本当に、人間なのか? もしかしたら、彼女も魔族の仲間で自分たちを騙していたのではないのか。


 よぎって数秒後、リッカは家の扉を蹴破った。親を想い流した涙。たとえ魔族であったとしても、あの涙だけは本物だ。ならば、動かないわけにはいかなかった。

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