第18話

 目を覚ますと、すっかり陽は沈んでいた。吹きかけてくる風が心地よく、夜空に浮かぶ星々の輝きが、現実感を失わせる。


 リッカが気持ちよく夜空を見上げていると、隣で豪快ないびきが聞こえた。大男の下品な声が、幻想の世界に溶け込んでいたリッカを、急速で現実に引き戻した。リッカは呆れた様子を見せながら、微笑む。這いずるように移動して、下を覗き込んだ。ぎょろっと、黒い目玉がこちらに向いたのが分かる。亀吉も既に目を覚ましていたようだ。


 リッカは、これからのことを考えた。このまま亀吉に乗せてもらって、王都付近まで運んでもらおうか。良策に思えるが、そもそも今がどこなのか分からない。故郷の村からほとんど出たことがないので地理には疎いが、そういう話でもないだろう。大海原の中で移動を繰り返していれば、歴戦の船乗りですら自分の居場所が分からなくなり、方向感覚を失うはずだ。


 となれば、とにかくどこでもいいから陸地を目指した方がいいか。街でなくとも、村や集落、人の集まる場所があれば、自分たちが今どこにいるのかを知ることが出来る。まずは、現在地を知ることが優先のように思えた。


 リッカはラルドの身体を揺らして起こし、提案をした。眠たそうな瞼を擦っているラルドは、正直なところ、リッカの言っていることがほとんど頭に入ってはいなかった。聞こえはしているものの、右から左へと抜け出るばかりである。


 ラルドの様子を見ていたリッカは、苛立つこともなく、一度説明することを止めた。ラルドは巨大魚との戦いの際に、体力の限界まで力を振るっていたのである。まだぼんやりとしていて、当然だ。


 上半身を揺らし、やがてまた寝転がったラルドは、一分ほどが経つと再び豪快ないびきを上げた。すっかり体力が回復していたリッカは一人森に入り、傷薬に使える植物を見つけ出し、岩を受け皿にして、拾った小石を使ってペースト状になるまですり潰した。


 一メートルほどもある葉を拾い、すり潰したそれを山盛りに乗せる。辺りは暗いが、夜目がきくリッカは危なげなく亀島を練り歩いた。ラルドの体力が回復するまでの間、亀吉の傷に薬を塗って行こうと、そう思ったのだ。


 薬を作り、歩いて傷を探し塗る。効果があるかは分からないが、自分たちのために身を挺してくれたので、何かしなければ気が済まない。


 同じ作業を延々繰り返している内に、夜が明けた。薬もある程度塗り終えたところで、リッカは亀吉の頭へと戻った。リッカが側に現れると、亀吉が「ヴォ」と小さく声を漏らした。


 ラルドも目を覚ましていて、今度は引き締まった顔を見せていた。まだ全快ではないだろうが、体力は回復しているようである。


 リッカは再び、これからのことを話した。


 リッカの提案に賛同したラルドは、リッカの指示により大木を切り倒し始めた。その間、リッカは長いツタを調達する。


 山の民であるリッカは、イカダと呼ばれる物を作ったことはなかったが、昔商人から聞いた話を頼りに丸太を重ね合わせ、ツタで結びつけていった。二人の大人が寝ころんでも余白があるほどの広さの木の地面を作り上げて、真ん中に一本、土台よりは細い丸太を上に伸ばしてつける。先端付近には、大樹の葉を取り付けて、船の帆代わりとした。


 現物を見たこともないというのが嘘であるかのように、上等なイカダが出来上がった。とりあえず海に浮かぶことは確認したが、耐久性や機能性は確認できてはいない。それでも、構わなかった。そもそも、長距離を移動する目的で作ったわけではないのだ。


 亀吉の背の上から、人が暮らしていそうな場所を探す。見つかったら、亀吉に乗って近づくことはせず、イカダを降ろして人間二人で近づいていく。


「何故、亀吉に陸地の側まで行ってもらわんのだ?」

 

 亀吉の頭上で、手を望遠鏡の形にしながら辺りを見回すラルドは、隣で同じようにしているリッカに問いかけた。


「亀吉を見たら、誰だってびっくりするだろ? 亀吉はいい奴だけど、魔族は魔族だ。下手をすると、人が攻撃をしかけない。それに、魔族の背から降りてきた人間も、敵対視されても不思議じゃないからな」

 

 ラルドは唸りつつ感心した。やはりこの青年は自分と違い、視野が広い。突然巨大な亀が海からやって来たら、当然自分だって狼狽し、攻撃をしかけようとするだろう。リッカは、人の心理というものを深く理解しているようだった。


「むむ! リッカ、あれを見ろ!」


 ラルドが指さした先には、かろうじて見える集落のようなものがあった。少しだけ近づいて、全貌を確認する。あまり大きくはないようで、建物が十三個ほど建っているだろうか。牧場もなく、一面を覆うほどの田畑もない。となれば、あの集落の側には賑わう街がある可能性が高い。


「その先は、ただの平原だぞ。整備されてはいるようだが、街などは見えんし」


「ここから見えない畑があったとしても、そんな小さな畑一つで集落の人全員が食べていけるはずなんてないよ。近くに山があれば別だろうけど、それもなさそうだしね」


「なるほど。言われてみれば、そうか。海は近いが、船があるようにも見えん。となればつまり、どこか別の街や村へ食料を調達しに行っている可能性が高い、と言うことか。それが日常であるのなら、遠い場所に位置しているはずもない」


「そういうこと。まあ、もしかしたら行商人が頻繁に来ているのかもしれないけどね。それで毎日の食事が十分に出来るとも思えないけど」


 


 



 

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