第15話

 巨大魚は攻撃対象を、亀吉ではなくその背に乗っている一人の小さな人間へと変更した。とは言っても、不規則だった照準が集中されたというだけで、依然亀吉に向けて戦艦の残骸は飛ばされてくる。


 むしろ、一点集中されたことにより、被弾した場合の被害は大きくなる。背中の所々に傷をつけられるよりも、同じ箇所に何度も傷をつけられる方が、痛みは増し、身体の内部がより深く破壊されてしまう。


 だがしかし。それはあくまで、被弾すれば、の話である。飛来物が亀吉に当たらなければ、そんな危惧はする必要がない。


 ラルドは、ハルバディオンを振り回し、自分目掛けて飛んでくる鉄の破片を、宙で粉々に破砕していく。砲弾は、斬ることで爆発してしまう恐れがあるので、戦斧を振るった風圧で、海へ流す。矢継ぎ早に飛んでくる物体を、ラルドは手を止めることなく防ぎ続けていた。十秒ごとに一個、体感としてはそれぐらいの間隔だろう。


 リッカは、思わず見惚れた。こんな芸当、到底自分では出来やしない。一つでも防ぐことが出来れば、上々といったところだろう。戦艦イフリアルトに乗っていた猛者たちは、全員こんなことが出来たのだろうか。それとも、ラルドが特別なのだろうか。


 驚愕と感嘆の思いを胸中で綯い交ぜにしながら、リッカは大声で告げる。


「すぐに戻る! 頑張ってくれ!」


「――おう!」


 言わずもがな。ラルドは、息を切らしながら、思う。戦友が戻るまで、何分でも何時間でも、耐えてみせると。

 

 ラルドの豪快な返事を聞いたリッカは、森の中へと駆けて行った。瀕死状態の時、ラルドから確かに聞いた。森の中に、花弁が一枚だけ黄色い、青い花があったと。あれがあれば、この状況をなんとか出来るかもしれない。


 森の中を全速力で駆けながら探索しているリッカが、【かも】と思ってしまい、断言出来ないのには二つの理由があった。まず第一に、魔族にあの花が効くのかどうか。そして二つ目に、効いたとしても、あの巨体ではいまいち効果が発揮されないのではないか。


 それら二つを払拭する希望が、一応はある。だからこそ、【かも】なのだ。自分が食べた幾つかの植物。それら全てが、通常のものよりも効能が高く、腹持ちが良かった。身体にもすぐに力が戻ってきたことから考えるに、栄養価も比べ物にならないだろう。


 リッカは、その異常さに賭けたのだ。


 ツタを払いのけ、地上に飛び出している根に足を引っかけないように走り続けること、十分。リッカは、ようやく目的の花を見つけた。


 マドロミの花と呼ばれるものの通常の大きさは、茎が三十センチほどで、先端の花の部分も子供の手に納まるほどの大きさであった。だがやはり、亀吉の背に生えてあるものは、大きい。茎の長さは一メートルを超え、花の部分も大人の顔より一回り大きかった。


 リッカは、辺り一面に咲き乱れるマドロミの花をひたすら素手で茎から折りちぎり、道中で拾ったツタで、身体に括りつけた。背と腹と、それぞれに三十本ずつほどを括り終えると、不格好な様相で再び走り出す。

 もし今の状態で知り合いに会いでもしたら、大口を開けて笑われるだろうな、と。会えるはずもない場所で思いながら、知り合い以上の仲になった戦友の元へと駆けて行く。


 リッカは、迷うことなく森を出た。山で鍛えた方向感覚がなければ、戻ることだけでも困難であっただろう。地味ではあるがリッカのこの能力も、未だラルドが魅せている神業と同等ではあった。ただ、これもラルド同様、当の本人は別段、特別だとは思わない。巨大戦斧を振り回すことも、似た景色の中で方向感覚を狂わさないことも、他者からすればおいそれと真似出来るものではなかった。


「戻ったぞ!」


 リッカの叫びにラルドは気付いたようだが、最早、返事をする余力はなくなっていた。呼吸はまとまらず、身体からは滝のように汗が流れ落ちている。手足も震え始めていて、森の中へ入る前と比べると明らかにハルバディオンの動きが鈍い。


 しかし、それでもラルドは奮い立って戦斧を振るい、飛来物を防いでいく。自分が亀吉を守り続ければ、きっとなんとかしてくれる。根拠のない信頼を力の源にして、ラルドは限界を超えていた。


 その信頼を感じ取ったからこそリッカは、呆然と立ち尽くすしかなかった。リッカが描いた絵図は、ラルドの起こす竜巻にマドロミの花を乗せ、巨大魚の口元まで運んでもらうというものだった。奴の体内に花が入りさえすれば、恐らく効果はでる。


 つまり、やはり必要不可欠なのはラルドの力と技なのであった。それがなければ、花を風に乗せて運ぶことが出来ない。

 疲弊し切った今のラルドでは、最初のような巨大な竜巻を起こすことは出来そうになかった。せいぜい小さな、亀吉の側の海にまで運ぶぐらいなら出来る。


 どうすればいい。他人に頼り過ぎだと叱責されそうだが、一番腹が立っているのは自分自身だ。リッカは、ラルドに無力を嘆くなと言っておきながら、自分の不甲斐なさに情けなくなった。


 自分とは違う力を持った戦士ラルド。彼の技を見ながら、リッカの脳内では昔の故郷が思い出された。凄惨なあの光景ではなく、小さいながらも立派に建てられた家屋が並ぶ中、活発で気の良い村人たちと握手を交わし感謝を述べている自分がいる。

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