第4話
港町に着き、リッカは戦艦を見上げていた。あまりの巨大さと、威圧的な存在感ゆえに、鉄の化け物、という単純な感想しか出てこない。もし仮に魔神が完全に目覚めたとしても、これがあれば簡単に撃退することが出来るのではないかと、リッカは変な声を漏らしながら思った。
ほぇーっ、と。驚愕がおさまらず、なおも声が漏れ続ける。クスクスと笑い声が聞こえてくるが、リッカは全く気にはしなかった。
号令がかかって、順番に戦艦へ乗り込んでいく。リッカは、最後尾を歩いて行った。甲板の上に立つと、まるで陸上の軍事施設に来たような錯覚を覚える。ここが船であるなど、到底思えなかった。
聞くところによれば、艦内にはレストランや病院、コンビニに美容院まであって、ここで生活している乗組員も多数いるとのこと。初めは船の上で生活しているなど冗談だろうと思ったリッカだったが、いざ来てみればあながち嘘ではなかったようだ。
「ようこそ、我が巨大戦艦イフリアルトへ。私が艦長の、グラーデルだ。大船に乗ったつもりで、くつろいでいるがよい。まあ、実際に大船なのだがな」
グラーデルは大口を開けて、ガハハ、と笑った。陽に焼けて黒々とした肌に、服の上からでも分かる逞しい筋肉。顔には数えきれないほどの傷があって、それらは海の生物との歴戦の証であるらしかった。
田舎からやって来た青年は、そこら中に備え付けられている大砲を物珍しい目で眺めていた。好奇心が落ち着くと、甲板の端によって海を眺める。しばらくして戦艦は動き出し、リッカは腰間に差してある剣の柄を握って、小さくなっていく港町を望見していた。
「怖気づいたのか?」
背後から声がして振り向くと、そこには冑を外した甲冑姿の大男の姿があった。
「確か、ラルデアラン、だったかな」
「ふふ。王国最強の戦士と言われてはいるが、俺もまだまだ知られてはいないようだ。もっと精進せねばな」
「あ、いや、ごめん。気を悪くしないでくれ。俺が育った村は、辺境の地にあってね、世の中の情報があまり入って来ないんだ。イフリート捜索隊の募集がかかってるっていう話も、たまたま都会から来た商人から聞けただけだったし」
「ふむ。お前、名はなんというのだ?」
「リッカだよ」
「ふむ、聞いたことのない名だ。解せないな。何故田舎で育ったお前が、こんなところにやって来たのだ? 正義感による参戦か?」
リッカは一度、空を見上げた。目を細めて、軽く息を吐く。
「さあ、どうしてだろう。自分でも、分からないや。ただなんとなく、ここに来るしか道がなくなったような気がした、のかな」
ラルデアランは首を傾げて、目前の風変わりな青年を見つめた。彼の時折光を失う瞳が、彼自身の寂寥感を物語っているかのようだった。
軽く会話を終えると、ラルデアランはリッカの側から去って行き、リッカはまた一人海を眺めていた。リッカが暮らしていた村の周りは山ばかりで、海を見るのは産まれて初めてのことだった。辺り一面が水で覆われている世界は別世界のようで、見ているだけで心が躍る。楽しんでいられる旅ではないのだろうが、現状はまだ穏やかだ。旅が過酷になる前に、この一時を堪能しても責められやしないだろう。
時間にして、約二十分ほどが過ぎると、水平線の上には何も見えなくなった。海しかない世界に放り込まれたようで、少し恐怖心が宿る。
出発前には、空からの魔族襲来が不安視されていたが、どうやら魔族共も鉄の化け物に恐れをなしているようで、一向に近づいてくる気配すらなかった。海中にもおそらく魔族はいるのだろうが、そちらもおとなしいものだった。
巨大戦艦イフリアルトの乗組員約三千名、加えてイフリート捜索隊三十名。その誰しもが、海路においては順調に事が進みそうだ、と確信していた。あと一時間もあれば目的の港へ辿り着く。それまでに襲われない保証はどこにもないのだが、穏やかな気候と緩やかな波の流れが、人々を楽観視させてしまっていた。
「なあに、もし魔族がやって来てもワシの水魔法で粉微塵にしてくれるわ」
伝説級の大魔導士フレングが、笑いながら言う。
「こちらも負けとりゃせんぞ! 戦艦イフリアルトの主砲は、山すら吹き飛ばせる代物だ」
艦長グラーデルが対抗する。
その他、戦士や魔導士たちの大言が飛び交う。全員、自分たちが魔族に劣るはずがないと、胸を張り、笑声を混ぜて言い放ち続けた。
その輪から少し外れた位置で、田舎からやって来た青年は、「なんと頼もしいのだろう」と、猛者たちの姿を見ていた。自分は狩猟以外で剣を振るったこともないし、魔法も使えない。この場では所謂、お荷物、といったものだろう。魔族と対峙することになれば、一対一だとしても勝てる自信はあまりない。ならば、せいぜい出来ることとすれば、皆の邪魔にならないように逃げ回ることぐらいか。
「何か……力になれればいいけど」
嘆息しながら言葉を放つ。海、その目下。イフリアルトのその下方に、何やら異様な光景を見た。
「なんだ、あれ」
リッカは凝視した。しかし、全貌が分からない。身を乗り出す。前方と後方と、長く太く、黒い影が海の中に見える。
「――まさか!?」
リッカがその影の意味を悟ったと同時に、けたたましいサイレンの音が艦内中に鳴り響いた。戦艦のいたるところに着けられた拡声器より、混乱した様子の乗組員の激しい叫びが放たれた。
「せ、戦艦の下方に、生体反応を感知! 繰り返す! 戦艦の下方に、生体反応を感知!」
皆の笑い声が消え去り、猛者たちの顔色が変わった。鋭い目つき、どこかにやついた顔。ようやくおでましか、と。戦闘に飢えた者たちが、身構えた。
――が。
彼らの顔色は。たちまち海の色のように、青ざめることとなる。
「そ、そ、その大きさは……あ、ありえない……。そ、そんな、こんなの想定外だ。乗員に告ぐ! 生物の大きさは……そ、そそ、測定不能!」
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