第3話
「おお、貴殿がかの有名なフレング殿か。お会いできて光栄ですぞ」
鎧甲冑に身を包んだ大男が、興奮した様子でリッカたちの側へとやって来た。大男の肩幅はリッカの倍近くあり、身長も二メートルに達しているように見える。リッカは、肉を喰らいつつ大男を見上げた。大男の目は、一向にこちらを見ない。せっかくなので挨拶をしようと思ったのだが、どうやら用事があるのは目前の老人のみのようであったので、リッカは食事に集中することにした。
「ふうむ。その並々ならぬ闘気、そして何者を打ち砕く巨躯。お前さんが、マルー王国最強の戦士と謳われる、ラルデアランかな?」
「左様で。フレング殿に名を知ってもらえているとは――なんとも嬉しきことですな」
「知らぬ方がおかしいて。それにしても、どうやらこの場に集まった者のほとんどは、この国に名が轟く者ばかりのようじゃな。これは、退屈な旅になりそうじゃの。ワシの出番など、ありゃせんかもしれん」
「これだけいれば、魔族はもちろん、イフリートや、下手をすれば魔神すらも倒せてしまうかもしれませんな」
二人が談笑していると、周囲にいた者たちもぞろぞろと集まり出した。互いに名を語り、先のラルデアランのような反応が幾つも飛び交っている。
場違いかな、と空気を読んだリッカは別の席へと移動して、一人食事を続けた。視界の中に映る人たちのように、誇る武勇などリッカには何一つない。勢いで来てみたものの、帰って邪魔になってしまうことを不安に思いながら、リッカは瓶に入った麦酒を一気に呷った。酔ってしまいたかったが、無駄に酒に強く、深夜まで続いた宴の中で一人酔わずに床に着いた。
翌日。
集められた猛者たちは馬車に乗って、王都より北に位置する港町へと移動を開始した。
先日、マルー王国の北方に位置するゲキアチーナ地域に異変が生じた。もとより熱砂の舞う砂漠地帯であり、昼間は人命を脅かすほどに気温が上昇する。誰も近寄らない場所ではあるが、そこでしか取れない植物もあったりして、商人が誰ぞかに依頼をして取りに行かせたりすることがある。帰って来た者たちは異口同音に、二度と行かぬ、と唱えるのだった。
そんなゲキアチーナ地域で何が起きたのか。それは、更なる気温の上昇だった。ただでさえ熱い地域が更に熱を帯びて、目に見えぬ炎が地域を覆っているかのように思われた。
人命を脅かす、などという可愛いものではなくなったのだ。
ゲキアチーナ地域に赴き、商人に依頼された通りの物を収集しようとしていた集団が、一歩砂漠に足を踏み入れると、たちまち灰と化した。同胞が目の前で灰になっていくのを見た者たちの言によれば、それはまるで灼熱の炎に焼かれているかのようであったという。
異変の報を耳にしたゴルディアスは、その異変が炎の精霊イフリートの目覚めによるものだと考えた。通常時での熱量も、イフリートがその地に眠っていたからこその影響だったのだろう。眠っている状態で尋常ならざる熱さだったのであれば、目覚めれば灼熱の地になったとしてもおかしくはない。
かくして、総勢三十名の猛者たちが目指すのは、ゲキアチーナ地域となった。パルドエラムからゲキアチーナ地域との間には、海へと繋がる広い河川があり、陸で行くには西側から大きく迂回していく必要がある。馬車で陸路を辿っても、一月はかかってしまうだろう。
空路であれば、本来障害となるものはなかった。しかし、以前パルドエラムは空を飛ぶ蝙蝠型の魔族に襲われている。空域内にあの化け物たちがいないとは言い切れない。
もし、空であの化け物に襲われたとすれば、撃退することは可能である。強力な戦士たちと、マルー王国が誇る飛空艇なればどんな敵であろうと撃ち滅ぼす自信があった。
ゴルディアスは、空路を指示した。だが、国王の言葉に恐れをなさず一人の将軍が異を唱えた。二十代前半という若さで将軍となった優男、ギルザレートは海路を行くべきだと諫言したのである。
言を受け、イフリートの炎のように燃え滾ったゴルディアスの目を見ながら、ギルザレートはその真意を述べた。
「魔族を打ち払うことは、国王様のおっしゃる通り容易でございましょう。しかしながら、問題は別にございます。イフリートの炎による気温上昇。ゲキアチーナ地域の付近にも、わずかながらその影響がございます。近辺の村々では、例年よりも十度近く気温が上昇しているとのこと。なれば、鉄の塊である飛空艇で付近に寄れば、熱を帯びて飛行不可能になってしまう可能性がございます。近づき過ぎなければよいとも見えますが、イフリート目覚めの影響は未だ未知数。ここは、慎重になってしかるべきかと」
ゴルディアスは数分思案した後、若将軍の提案を受け入れた。他人の意見を聞き入れるのは面白くはないが、だからといって判断を誤るほど愚かな国王ではなかった。
海路にてゲキアチーナ地域に近い港へと進み、そこから陸路を行く。空に魔族がいるのだから、海にもいると予測できるが、もちろんのこと、マルー王国には海の上を走る最強の鉄塊が存在する。
総勢三十名の猛者を運ぶのは、全長約三百メートル、主砲四十六センチ砲三基、その他砲門百三十門を搭載した、魔族よりも恐ろしい怪物戦艦である。
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