第2話
マルー歴八二五年、七月八日。
マルー国の王都であるパルドエラムでは、祭りが開催されていた。軍事施設の多いパルドエラムは、常時であれば、軍隊の訓練により砲撃音や剣戟の怒号が飛び交う都であったが、今日だけは華やかに彩られている。大筒の中の砲弾は、鉄ではなく紙製のものとなり、放つと空で爆散し色とりどりの紙吹雪を都中に降らせていた。
軍事色に染まっている面白味のない王都に、他地方から人々がやって来ることなどまれなことで、このような催しものがない限りはありえない。見るからに金持ちであるような貴婦人や老紳士は、今日のために遠路はるばるやって来ていた。
特産の果物を目の前でカットし、皮を皿代わりにして提供してくれる出店もあれば、へんてこなお面を売り出している店もあって、多種多様な商売が賑わい潤っている。懐に余裕のある者たちが多く訪れているせいか、意味の分からない物品こそ売れていくのは、商人自身も予想外だったようで、半ばスキップをしながら【完売】の札を店頭に並べていた。
辺境の村からやって来た青年リッカは、物珍しい風景に感動していた。集合時間までわずかであることは分かっているのだが、自分の村では見ないものばかりである。加えて、この人の数。リッカにとっては、今のこの王都の現状は、未知の領域といえた。
唇が突き出ていて、目玉の部分が渦巻状になっている変なお面をリッカが買おうとしていると、近くで太鼓の音が響いた。リッカは慌ててお面を店主に返し、人込みをかき分けて走り出した。
太鼓の音は、集合時間の知らせであった。時間に遅れると隊列に加えてもらえないことは、呼びかけの用紙の隅に注意書きとして書かれていた。
炎の精霊イフリートの捜索。それは、国中の猛者はもちろんのこと、一般の市民たちにも隊列に加わる権利が与えられていた。戦闘経験や知識などは一切関係なく、極端に言えば生まれたばかりの赤子ですら、参加してもよいというのである。ただし、生死については責任は問われない。
参加し生きて戻ることが出来れば、国から多大な報酬が支払われるとのことだった。金額は明細に記されてはおらず、それがなお強欲な者の心を刺激した。
リッカは、なんとか集合地点である王宮の門前に辿り着いた。何枚かの布を繋ぎ合わせただけのような安っぽい服を払い、乱れた髪を整える。捜索隊に加わることに見た目が関与することもないだろうが、初めての都会でどこか浮足立っているのかもしれない。
リッカは周囲を見回した。
辺りには戦斧を持った屈強そうな戦士や、魔導書を携える聡明そうな魔導士、目を瞑り独特な呼吸を行っている武闘家などが多くいる。どうやら、農家で生計を立てている人間は、一人もいそうにはなかった。
「よくぞ集まってくれました。さあ、どうぞ。国王がお待ちです」
役人に誘導されて、リッカを含めた総勢三十名は王宮内の謁見の間へと歩を進めた。
数分が経ち、突如皆が膝を着いた。リッカも合わせて膝を着く。マルー国国王ゴルディアスが、その姿を見せたのである。
リッカは産まれて初めて、我が国の王の姿を見た。白髪に逞しい白髭。顔も深い皺が多数刻まれていて老人であることは明白なのだが、服の上からでも分かるぐらいに筋肉が盛り上がっており、身体つきはあまりにも若々しく見えた。自分の国が軍事優先であることは知ってはいたが、この王にしてということか、と納得させられた。
「其方らにはこれより、炎の精霊イフリートの捜索を行ってもらう」
王がそう告げると、逞しい声が部屋を覆った。気力漲る戦士たちの雄たけびだ。
「すでに知ってはいるだろうが、魔神が目覚める時が近づいてきておる。魔神を封印するためには、五精霊の鍵が必要とのこと。さしあたって、我がマルー王国は、この地に眠っていたであろうイフリートを探し出し、鍵を受け取らねばならない」
それぞれの国が、それぞれの地に眠っていた精霊より鍵を授かる。その間、他国への侵略は禁止される。
この内容は、五大国が了承し、既に契約を交わしていた。世界の平和を取り戻すために、五大国が協力体制を取ったのである。
ひとしきり説明が終わると、宴会場と呼ばれる大部屋にて料理がもてなされた。平民では生涯の内に口にすることも敵わぬであろう希少な食材たちが、調理され姿を変えテーブルを覆い尽くしている。
リッカは腹の虫を鳴らして、油が滴る得体の知れない焼かれた肉を手に取ってかぶりついた。上手くはあったが、正直、山奥で狩った野兎の方が上手いような気がした。
「おやあ、不思議な奴だのう。お主、何か闘う術を持っているのかね?」
肉にかぶりつくリッカにそう問いかけたのは、漆黒のローブに身を包む老齢の男だった。リッカは男をまじまじと見つめながら肉を咀嚼し、飲み込み終えると言葉を返した。
「それが、全然。俺はただの農家の倅だから、これまで戦ったことなんて一度もないんだよ。あるとすれば、野生の獣を狩ってるぐらいかな」
「なんだね、それは。愚者か、それとも狂人か?」
嘲笑する男を意にも介さず、リッカは側にあった麦酒で喉を潤した。肉の油との相性が良く、焼いた野兎ならばどれだけ上手かっただろうと、少し頬が緩んだ。
「……聞いているのかね?」
「ああ、ごめんごめん。うーん、自分でも分からないや。それにしても、貴方は随分と強そうだね」
「ふふ。馬鹿でも見る目までは腐っておらんようだな。強いのは当然、ワシこそが世界に名を轟かす大魔導士フレングだ」
フレングの名が宙に放たれると、周囲がざわつき始めた。どうやらはったりなどではなく、目前の老人は真の強者であるようだ。
しかしながら、世界には轟いていても田舎には轟かなったようで、フレングの名を知らないリッカは笑顔で一言、これからよろしく、と伝えるだけだった。
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