第2話
命の恩人である名も知らぬ彼に抱えられながら帰る帰り道、私はここまで沈黙を破った。
「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
私がそう言うと彼は唸る獣のような声で返したくれた。
「…インセル」
インセル。名前の意味は確か酷いものだった記憶がある、けれど彼の名前だと思うと力強く美しい言葉に感じる。
「インセルさん。お礼をしたいです」
「あ?そうか、なにくれんだ?」
「お好きなものを」
私がそう言うとインセルさんは困惑したような声で返事をした。
「お好きなもの?」
「はい、貴方が望む物をお礼に渡します」
彼は王族である私の命を救った。たとえ第3王女という他国へ嫁がせ友好関係を結ぶための道具に近い存在だとしても、この国の王族の命を救ったことには変わりない。
だから彼が望むものを渡すのは当たり前の報奨なのだ。
「やっぱお前貴族か。だとしても俺の欲しいもんは買えねぇからな。お前んちが指名依頼者になってくれればいいよ」
「指名依頼者にもなります。貴方が望むものを言ってみてくれませんか?」
「あぁ…ッチ……家だ」
「家?」
家ならば最高級住宅街に公爵家並の豪邸を建てるくらいなら、お小遣いでできる。もっと詳しく聞いてみよう。
「どんな家ですか?」
「水を使っても火を使っても金のかからねぇ、500人くらいの人間が暴れ回ってもビクともしないそんな家がほしい。無理だろ?」
インセルさんは半笑いで吐き捨てるようにそう言った。
「……500人は無理ですが、スラムに近い安い土地ならば100人が暴れ回ってもビクともしない家を建てる事はできます」
私がそう言うと彼は驚愕の表情を浮かべて私の顔を覗き込んだ。
「本当か?」
綺麗な青い瞳と目が合う。
それに恥ずかしさを感じ少し目線を逸らして返事をする。
「は、はい。本当です。お父様の許可があればもう少し安全な土地で建てることも出来ます」
「じゃあそれにしてくれ。」
「わかりました」
彼はどこか明るい雰囲気をまとって返事をした。
また、しばらくすると街が見えてきた。
街の入口に人だかりができている、よく見るとその1番手前にユフィさんが居た。
「はやくして!!そうじゃないとハズキさん達が殺される!!!」
鬼気迫る表情をして大声を出す彼女に声を掛ける。
「ユフィさーん!」
「!?スカイ!無事だったの!?」
「はい、この方に助けていただきました」
「よかった……」
ユフィさんは目に薄く涙を浮かべて安堵した。
「あれ?ハズキさんとアルケンは?」
「……あの」
インセルさんにおろしてもらい、私が返事に悩んでいるとインセルさんが答えた。
「女2人だろ?死んで喰われてたぞ」
「……っ!!」
ソレを聞いた瞬間、ユフィさんの目から涙が溢れ落ちた。
「そんな……なんで、なんで二人を助けてくれなかったの?」
ユフィさんは涙溢れる目を細め、どうしようもなかったということを理解している様な声でインセルさんに問うた。
「あ?しゃーねぇだろ。来たときにゃ死んでたんだから、俺にはどうしようもねぇよ」
「うう…」
ユフィさんが悔しそうに喉を震えさせて唸る。
「なぁ…」
突然、ユフィさんの周りに集まっていた方々のうち一人が声をかけた。
「もう…終わったんなら俺達は解散でもいいか?ここで止まってる暇があったら他のことをしたいんだが」
その声にインセルさんが返事をする。
「おういいぞ。散れ散れ」
その声に呼応するように集まっていた方々は散っていった。
「で?お前らはなんなんだ?あのキチグマにぶっ殺されてるっつ〜ことは低級だろ?何してたんだよ?」
インセルさんが質問してくる。
「私達は七星夜のハズキさんに冒険者教育を受けてました。あそこに居た目的は、薬草の採集とグリーンイーターの討伐のためです」
私の答えを聞き、インセルさんは全て察したような表情になった。
「…あぁな。そういうことか。全部繋がった。」
「んでお前らはこっからどうすんだ?」
「七星夜のクランにハズキさんのタグを渡してからギルドに行きたいと考えています」
「……俺もいく」
「え?」
思いもしないこととなり思わず声が出る。
「まぁ、色々あんだよ。」
インセルさんは小さくため息を付いてからそう言った。
「は、はい!じゃあいきましょう」
「おう。そうだな。おい獣クセェガキもいつまで泣いてんだ!さっさとこい!そんなんじゃ冒険者なんてやってらんねぇぞ!!」
「……ぐす。言われなくてもわかってる」
ユフィさんは両腕で涙を拭い私達を見て返事をした。
◇
七星夜のクランハウスへついた私達は目的を果たそうとしたが、インセルさんと七星夜の人が急に揉め始めた。
「何故貴方が来ている!!いますぐ出ていけ!!穢多非人め!」
「あ?んだと人型モンスターが。」
「いきなり東洋人差別か。だから来るなと言っているんだスラム育ち」
「テメェが先に最下層育ちを人外扱いしてる差別用語をぶっ放してきたからだろうがダボカス」
こ、これは止めないとまずい気がする。
「あ、あの!!!止まってください!!私達は喧嘩のために来たわけじゃないです!ね?インセルさん!!」
「ぁ゙?……ッチ、あぁそうだな。」
明らかに苛ついた雰囲気をまとった様子で返事をした。
「……で?どの要件でしょうか?スカイさん。ハズキさんとアルケンさんが見えませんがなにか関係が?」
受け付けの方が質問をする。
「関係があります。わたしたちは薬草採集とグリーンイーターの討伐を終えて帰還しようとした時に、クレイジーベアというモンスターに遭遇しました。」
「クレイジーベアですか?」
受け付けの方は驚いた様子になった。
「はい。その結果、ハズキさんとアルケンさんがクレイジーベアに殺害されました。」
「……ッ!そうですか。」
「そしてユフィさんが助けを呼び来る前に、私も殺されそうになったのですが、そこにインセルさんが来て助けてくださいました。」
「そうだ。だからテメェにいきなり文句を言われる筋合いはねぇんだよ。オニビトちゃん?」
私が説明を終えるとインセルさんは受け付けの方に詰め寄るように近づいていった。
「……っぐ。すまなかった。しかし、私は美空様の命令に従ったまでだ。」
「ッチ!アイツ俺に出禁命令でも出してんのかよ。始めの恩はどこいったんだよ。」
ミソラ様という方とインセルさんは長い付き合いのようだ。受け付けの方の様子から七星夜の偉い方なのだろう。
「あの、これを」
私はハズキさんのタグを受け付けの方に渡した。
「ありがとうございます。ここからは我々がやりますのでもう大丈夫です。スカイさんは少しの間お休みになったほうがよろしいかと。目の前で二人も人死をみたのですから」
「……そうですね。」
確かに目の前で二人も人が死んでしまった所を見てしまうと精神的に辛い状態になった。しかし今は何故か平常に近い。一度パニックに落ちてから絶対的な安心感を得たからだろうか?自分でもよくわからない。
「あ、そうだ。スカイさん。粗相をしてしまっていますよね?」
受け付けの方が小声で話してくる。
「え!やっぱり匂いますか?」
「少しですけどね。水浴び場を使いますか?衣服も差し上げます。」
「よろしいのですか?」
「はい。本来守る立場にあるハズキは死んでしまい、粗相を犯してしまうほどに保護対象者を怯えさせてしまった。さらには死なせてしまったのでこれくらいの対応は当たり前ですよ。」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「では、こちらに」
「お二人はもう大丈夫なのでかえっていいですよ」
それを聞いたユフィさんは、少し肩を落としながら七星夜を出ていった。
「あ?あぁそうかい。貴族はどうすんだ?」
「私は少しようがありますので、もう少し残ります」
「そうか。じゃあ俺も待ってるわ。貴族がくれるっつー家の計画も話さねぇといけねぇしな」
「わかりました。私も早めに用を終わらせます」
そう言うと、受け付けの方についていき身体を洗い、汚れた衣服をもらった袋に入れ、貰った服に着替えた。
上は首元にボタンが付いている薄緑色の長袖、下はポケットが複数個就いている茶色の長ズボンとなった。
「初めて着るからなんか新鮮だな」
袋を持ち、水浴び場から出る。
「もうお済ですか?」
「はい。ありがとうございました」
「いえいえ、もしクランに所属したいと思ったら是非うちに来てみてください。」
「はい。そうしますね」
「では。」
「はい。ありがとうございました」
私はお礼を言って七星夜から出た。
「おう、やっと来たか」
外にはインセルさんが待っていた。
「おまたせしました」
「んじゃギルドだよな」
「はい。いきましょう」
◇
ギルドについてからはアルケンさんのタグを提出してから死亡確認書という書類を記入後にタグ回収報酬を頂いた。
「これ、いいんでしょうか」
銀貨3枚を手に呟く。
「まぁ、いいんじゃねぇか?本来タグっていうもんは死んでしばらく立ってから回収されるもんだからな。普通はパーティメンバーが死んだら他のやつも死ぬかタグは拾えねぇもんだ。何も言わずにもらっとけ。」
少し罪悪感におそわれる。私があの時に魔法を使えていたらアルケンさんは死ぬことはなかった。なのに私は亡くなったアルケンでお金をもらっている。胸が気持ち悪く奥歯に力が入る。
「おし、じゃあ用はもうすんだな?家の話をしよう」
インセルさんはそう言うと私を連れて酒場に入って行った。
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