願望成就の能力を持つ少女(元中年のおっさん)の、異世界バトルノベル
大瀧潤希sun
第1話 ベテラン作家だって休みたいのです。
欠伸をかみ殺す。
机の上の原稿用紙のマス目を眺めすぎて、ゲシュタルト崩壊し始めた。
息抜きのために隠れて購入した、セクシービデオを観るのもいいかもしれないが三日前に、そのセクシービデオが娘に見つかって、この世のものとは思えないほどの憎悪に満ちた表情で、
「キモっ」
という人間の尊厳を虐げる言葉を言われてお父さん傷ついたよ。
……駄目だ。思考がぐるぐると回転して、執筆に集中出来ない。
ちなみに、俺の名前は
嘆息をついて椅子から立ちあがり、書斎から出た。リビングに向かうと妻の良子が、シチューを温めていた。
「あっ、孝義さん。今、夕ご飯温めていますから」
良子は笑ってそう言った。
「あれ、季羅は?」
季羅とは、娘の名前だ。
現時刻は夜の九時。夜遊びに父親として怒りと心配が綯交ぜになる。
「ただいま」
玄関の方から、季羅の潜んだ声が聞こえた。
俺は、注意してやろうと玄関に向かう。
季羅は、妻に似た端正な顔立ちにさらに誰に見せるためなのか、くっきりとメイクをして、とても妖艶だ。
ってか、自分の娘に妖艶とか思うって、だから掲示板でロリコンとか言われるんだな。一人納得する俺。
「おい、帰りが遅いぞ。夜遊びも大概にしろよ」
「はあ!? 鬱陶しいんだけどお」
二重の形のいい目元が、ぎゅっと細くなって睨みつけてくる。
「まあ、いいじゃない――」
後ろから、良子がエプロンを脱ぎながら季羅をかばおうと歩んでくる。
「あなたは、早く夕飯を食べちゃって」
「甘いぞ。良子。そんなんだから季羅がつけあがるんだ」
すると、季羅の顔が険しくなる。なにその言い方、と語気が荒くなる。
良子は俺の背を撫でて、「早く。食べてきて。冷めちゃうから」と言った。
イライラが最頂点に来ていたが、嘆息をこぼし、リビングへと戻った。
そしてちょうどよくぬるいシチューに手を付けた。
甘いシチューは、この家庭のことを顕わしているように思った。
亭主関白になるつもりはない。でも、季羅の育て方は間違えたとは思う。
―――――――――――――――――――
都合の良い世界は、どうやったって訪れない。
でもこの世界は俺のご都合主義の世界だ。
なぜなら、俺の夢の世界だからだ。
十年前。まだ五歳だった娘の季羅と、美術館に来ていたときだった。
「お父さん。私、絵とかよくわかんないよ」
そんなことを言う季羅を無理やり連れて行った理由は、英才教育もあったと思う。表現の世界で娘が活躍してほしいと親心に期待を寄せて。それは歌舞伎役者の家系が家柄の都合で子供が世襲するのと同じような意味を呈していた。
そんな娘が、一枚だけ感銘を受けている絵があった。
それは、「民衆を導く自由の女神」という絵。
娘の瞳は輝き、絵に手をかざした。
―――――――――――――――
「孝義先生。連載用の原稿、出来上がっていますか」
担当編集の
我當は新卒の編集者だ。以前、付き合いで飲みに行ったときに「俺、本当は漫画家の編集者になりたかったんですよねえ」と口に糊した。
それに怒りを覚えたというよりはまだ青いな、と感じた。それは、ベテラン作家に新卒編集者を担当にさせる編集長がどうかと思うほうに意識が向いたからだ。
「まだなんだ」
我當は重苦しい溜め息をついた。かなり失礼な態度だが、どうしても我當を親目線で見てしまって、厳しく注意する気にはなれない。
「早くお願いしますね」
通話が切れた。俺は息をついて、原稿用紙に「がとうはアホ」とシャーペンで書いた。その行為が稚拙じみていて、嗤ってしまう。
デスクトップPCで検索エンジンでにちゃんねるのまとめサイトを開く。
『おまいら。ワイの怖い話、聞きたいか?』
そんな記事を見つける。俺は興味本位で、それを閲覧する。
『B5のツバメノートに、想像する世界の設定を書いて、そのあとにそのノートを枕の下に入れて寝る。それだけで異世界転生が出来る』
思わずニヤっと笑ってしまった。こんな馬鹿げた妄想話、考えるやつはどうせ現実で充実した人生を送っていない中学生なんだろうな。
こんなこと、誰もしねえよ。
PCの電源を切った。
――――――――――――――――――――――――
前言撤回。締め切りに追われて頭がトチ狂ったのか、設定を書いたノートを枕の下へと入れる。
そして瞼を閉じて深呼吸をする。
それからいつの間にか眠ってしまう――。
―――――――――――――――――――――――
「アーヤ。起きた?」
瞼を開けると、大草原の中で風に吹かれながら少女がこちらを見つめていた。
少女は赤髪で瞳は翡翠色だ。そして端正な顔立ちをしている。
俺の設定によれば、この少女の名前はサリー・ウィリアム。そしてアーヤとはこの世界での自分で、金髪碧眼の絶世の美女だ。
「学校に遅れるよ。早く起きて」
「……そうだね。起きるよ」
学校とは、魔法学校のことだ。
この世界では個性という名の魔法が基本軸であり、皆が魔法を使えて当たり前だ。
自分の魔法は、願望成就であり、どんな願いも叶えることが出来る。
サリーの魔法は確か……、風神を召喚出来る魔法だったはずだ。
「早く行こう!!」
サリーが自分の手を引っ張って住宅街の方へと向かった。
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