第8話



「ふ~~~。お姉ちゃん、瑞穂ちゃん、教室準備終わったよぉ」


 家庭科室のドアをガラッと開けて、まなみとさおりが顔を出します。


「お疲れさま~。疲れたでしょ?」


「ううん、力仕事は男子にやってもらっちゃったし。ね~?」


「え? じゃ、外側はまだね?」


「うん、今やってくれてるよ。つぐみちゃんにはめられたってブツブツ言いながら」


 さおりが窓の外を見て、面白そうに笑っています。


 2学期に入ると、10日後に迫る学校祭の用意が、急ピッチで進められます。


 飾り付けなどは小学生の役目、力仕事などは中学生の役目になり、クラスによっては放課後だけでなく授業を振り替えてしまうという力の入れようで、この期間だけは準備の都合で授業に出られなくてもお咎めなしです。


 夏休みの内から、教室の飾り付けようのクロスを四人で作ったりしていたのですが、やはり細かいところは間に合わずに、ここのところはずっとドタバタしっぱなしでした。


 初日を明日に控え、今日からは出し物に備えて教室の入れ替えが行われるので、校内はにぎやかな音があちこちから聞こえてきます。


 校庭では先生たちが翌日のグラウンドの準備をしていて、その周りのテントでは、地区の人たちが模擬店の準備をしていました。


 校内の喫茶店の準備は他の出し物に比べ大がかりな物はありませんが、それでもテーブルなどの移動は必要です。飾り付けを二人に任せ、瑞穂とつぐみは朝から家庭科室に閉じこもり、仕込みに追われていました。


 午後になって、家庭科室の周辺にはいい匂いが漂い始め、窓の外から中をうかがう顔がさっきからたくさん覗くようになりました。


「2日連続なんだから、もう少しメニュー絞れば良かったねぇ」


「ふふふ。多いから仕方ないよ」


 夏休みの残りを使い、四人でメニューを大体決めたのですが、最初の予定よりも随分メニューが増えてしまいました。


 学校祭の時には、町の人も来るので、地元の人の出店などもありますが、校内で飲食店を出すのは今年は彼女たちのグループだけになってしまったのです。


 仕方なく、お菓子だけでなく食事用のメニューも増やしたのが原因でした。


「こんなことなら、体育祭の種目出られないなぁ…」


 ただでさえ人数が少ないので、全員が何かの種目には出ているし、1つだけでない生徒も多いのですが、彼女たちはそれどころではなくなっています。


「おーい、江原姉妹と小森は準備大丈夫か?」


「先生……。なんとか明日の朝には間に合うと思いますけど」


「おいおい、まさか徹夜とか言い出さないだろうな?」


「そのまさかになりそうなんですけど……。先生も調子に乗ってお姉ちゃんにメニュー増やし言うから……」


 ジト目で担任の先生を見つめるまなみに、先生はバツが悪そうに手を合わせます。


「すまんなぁ。去年は校内でもう一つ模擬店が出たんだが……。おまえらには何を出しても敵わないって話のようなんだが……」


 確かに四人が集まれば、本格的な喫茶店を開けるぐらいのレパートリーがあるのですから、先に言った予算などの話を考えると、他のグループには気の毒な話になってしまいます。


「もうバスがなくなるんじゃないのか?」


 先生の言うとおり、陽はとうの昔に暮れ、外は校庭の街灯に照らされている範囲の外は真っ暗な闇です。女の子だけでこの闇の中を帰るのは危険で、なおかつもう駅からのバスはなくなってしまう時間です。


「大丈夫です。あとでお父さんに迎えに来てもらいますから」


「そうか。とりあえず職員室にいるからな。なんかあったら呼んでくれ」


「はーい」


 その夜、11時を過ぎたとき、まなみのお父さんが迎えに来たのですが、家庭科室の明かりは、結局朝まで消えることはなかったのです。





 学校祭初日の体育祭の早朝、まなみとさおりが大きな荷物を抱えて学校にやってきました。


「おはよぉ~。あれ? 瑞穂ちゃんは?」


「おはよぉ。今シャワー借りてるはずだよ。結局夜通しになっちゃったし」


 昨晩は、まなみとさおりを帰した後も、つぐみと瑞穂は準備を続けていたのでした。まなみは衣装(と言っても、彼女たちの私服にエプロンを付けたりする程度ですが…)を持ってきたり、体操着の用意をしたりするために、どうしても一度帰る必要があったのです。


「つぐみちゃん、みんな来る前にシャワー使っちゃいなさいって」


「どう? 準備終わった?」


「うん、なんとか今日の分はね。後は出すときだけだから」


「そっかぁ。瑞穂ちゃん、開会式までまだ3時間くらいあるから寝ていれば?」


 まなみがさっき連絡したところだと、もうさおりも向かっているのが分かったので、徹夜組二人を休ませることにしました。



「お姉ちゃん、帰ってくるの遅いよぉ。それにダメじゃんそんな恰好でぇ」


 まなみが家庭科室で注文されたサンドイッチを準備している時です。つぐみがいきなり体操着のまま入ってきました。


「ごめん、ちょっと今それどころじゃないのぉ!」


「なにしにきたのぉ?」


 まなみの声には耳を貸さず、つぐみは厨房の家庭科室をぐるっと見回します。


「ん~と、あれは……。あれはどこぉ?!」


「つぐみちゃんは何を持っていくわけ?」


 後ろからさおりが笑いながら話しかけます。


「電気ポット! しかもお湯入り!」


「はい??」


 目を丸くした瑞穂を見て、まなみは思わず吹き出しました。


 つぐみが出場しているのは、運動会にありがちな借り物競走です。普通ならば借りる物と言えば、グラウンドに用意されていたりするものですが、この学校の借り物競走は運動会の華とも言えるくらい、ひと味違っています。


 出場資格が全学年、一般にまで及ぶこの競技は、とにかくスケールが違いました。


 小学校低学年の出題は、まだボールを持ってきたり鉛筆などという易しい物ですが、高学年になるに従って、その出題範囲は学校全体に及び、中学生になるともう大変です。


 小学校1年生のだれだれが育てている鉢植えだとか、中学2年3組の出席簿だとか、果ては理科室の実験標本を持ってくるというのまであります。そのため、グラウンドだけではなく、学校内を生徒が走り回ることになり、1つの組が終わるまで長いときには15分近くかかります。


「ちょっと待ってね」


 まなみが急いで客室に使っている教室から、ポットを持ってきました。


「沸かしている途中で、お湯いっぱいだから気を付けてね」


「うん、ありがと! 終わったらすぐ交代するから!」


 ぽかんとしているさおりに、笑いが止まらない瑞穂でした。


「つぐみちゃん、マジになってたねぇ」


 前の組を終え、着替えて戻ってきた瑞穂も、さっきの様子を見ていて後ろでおかしくて仕方なかったようです。


「あ~~~。分かってるものでよかったぁ~!」


 先ほどのポットを抱えて、つぐみが戻ってきます。


「おつかれさま~。1ゲームにしては遅かったじゃない?」


「うん、だってみんな音楽室の楽器だの、美術室の石膏像とか鍵がかかっている奴ばっかりだったから。おかげで時間かかっちゃったけど…」


「いいんじゃない? この時間帯だけはお客さんも少ないし」


「そうだねぇ…。でももうすぐお昼よ。さぁ気合い入れた~!」

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