第6話



 瑞穂が戻ってきた家は、つぐみたちの隠れた遊び場がある、例の河原の反対側です。普通であれば、そこまで行く道路は森を迂回し、川に沿ってしばらく走るので、歩けば30分ぐらいかかります。


 ところが、彼女たちの森の中を抜け、川を渡る道を使うと、その時間は半分以下で行けてしまいます。最初からそんな道があったわけではもちろんありません。森の中の保全用の道から川までの道、そこから瑞穂のお家の裏庭までは、彼女たちが何度も通っている間に自然に作ってしまったものでした。


 もちろん、大雨が降って川の水が増えていたり、真っ暗になってしまうなど、森の中が危ないと思ったときには、舗装された道路の方を通りますが、普段の彼女たちは、この裏道を通っていました。


「瑞穂ちゃん、何度かこの道通ってたでしょ?」


 まなみが尋ねると、当然とばかりに瑞穂も答えます。


「懐かしくてね。それにここ通るとバス停も近いから。さすがに夜は通れないけどね」


「やっぱり」


「もう勘が鈍っちゃったなぁ。前はぬかるんだ所とか一目見ただけで分かったのに……。この前久しぶりに通ったときは、何度も転びそうになったもんね」


 そのときの様子をおもしろおかしく話す瑞穂を見ていると、三人とも笑ってしまい、とても寂しくなって外国から帰ってきた様には見えません。


「そっかぁ。でも、ここだけは昔から変わってないでしょ?」


「そうね、凄く懐かしかった。それに、まだ二人が居るんだって分かってほっとしたよ」


「でも、瑞穂ちゃん何回かあそこには来ていたよね?」


 二人は、つぐみが足跡を見つけて、不思議がった時のことを話しました。


「夜とかね。時々来てたよ。最近は月も明るかったし」


「昼間上から見ていれば見えたんじゃない?」


「うん、見えたよ。でも、出ていけなかったな……。突然びっくりさせる訳にはいかなかったから」


 川の中、ちょうど歩いて渡れる間隔で置いてある4つの石を渡ると、もうそこは瑞穂の家の裏庭の下でした。少々きつい坂ですが、小さい頃に行き来しやすいように選んだ斜面にそって目印を付けてあるので、久しぶりにここを上ることになったつぐみとまなみも大きくなった今では楽に上ることが出来ました。


「あの川の石はここに行くためだったんですね」


 一番後ろからさおりが感心したように言いました。


「ぱっと見た目じゃ分からないでしょう? まさかこっちに上ってこられるなんてね。でも、ここは私たちのいい遊び場だったから」


 得意げに瑞穂が言います。


 すぐに道は一軒のお家の庭に突き当たりました。表側とは違って、こちらには囲いのフェンスなどはありません。白い洋館づくりの建物は、数年前に訪れた時と、あまり汚れなどは変わっていないように見えました。


 瑞穂に言わせれば、彼女の親戚のお家で、ここ数年は別荘として使っていたと言うことで、あまり痛んでいなかったと言うことでした。


「さぁどうぞ。まだあまり片づけが済んでいないけどね」


 まだお家の中はがらんとしていて、荷物が本格的に届いたわけではなさそうでしたが、生活に必要な物は揃っている様でした。


「もともと別荘用だからね。あまり荷物持ってくる必要なかったよ…。でも、ちょっと一人で住むには大きいかも…。2年くらいで両親も帰ってくるって話だったから、それまでの繋ぎかな」


 彼女はキッチンから、リビングの三人にジュースを出すと、そのままお昼の用意を始めました。


「ここのお家は知っていたけど、こんな道があったのは気が付かなかったなぁ…」


 さっきからさおりは驚きっぱなしでした。


「あの川の置き石はね、時間かかったねぇ。何回も流されちゃってね。まなみちゃんと瑞穂ちゃんの合作だよ。あの頃から力持ちだったもんね。ここは上にダムがないから助かったんだよ」


 説明しながらつぐみは笑い出してしまいました。


「瑞穂ちゃん、今は同じような服着てるけど、本当は結構ボーイッシュな格好もしてたんだよ。だからあのくらいの浅い川でも裸足でざぶざぶ入って行っちゃったしね。でも、私たちは昔からこんなだったから、それが出来なくてねぇ。びしょびしょにして怒られるのも嫌だったから、学校の体操着持っていって着替えてやったっけね。最後に作ったのは…、小学6年生の時だったよね」


「うん、覚えてる。まなみちゃん張り切ったけど、何度も転んでびしょ濡れだもんね。つぐみちゃんが慌ててタオル取りに戻ったりね。でも、最後のは流されないで残ってるねぇ」


「それだけ一生懸命に作ったんだよぉ。今でも大雨とか来ると心配になっちゃうし。水は上まで来ちゃうけど流されることはなかったね。でも、小学校でよくあんなの作ったなぁ…」  まなみも当時のことを思い出して笑いました。中学1年生と小学6年生の三人の女の子にとっては、川の中に大きな石を4つ置くだけのことですが、大変なことだったのです。それが、今でも残っていて、またこうやって使えることになったのですから、嬉しくても仕方がないことです。


 お昼は、瑞穂手作りのピザトーストを焼いてくれました。つぐみの大好物で、これを瑞穂から教わってからは、暇さえあればソースを煮込んであるので、両親が居ないときにお腹が減ると、よくお家で作るようになっていました。


「熱いから気を付けてね!」


 瑞穂が叫びましたが、既に遅くまなみは熱さに咽せ返ってしまい、リビングは笑い声であふれました。


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