第2話



 日曜日、また三人は昨日の河原に戻ってきました。今日は朝ご飯を食べてすぐ、つぐみはお昼とおやつをバスケットに用意して、その間にまなみがさおりを呼びに行っていたのでした。


「つぐみちゃん、ほら、これ昨日誰かここに来たんだね。足跡が残ってる」


 河原の様子を見回して、まなみが声を上げました。


 確かに、昨日の三人とは明らかに違う場所に足跡が残っていたのです。この場所は地元の人にもあまり知られていない場所なので、不思議の思うのも仕方ありません。


「まぁ、誰かいてもおかしくないよね。別に個人のお家の庭じゃないから…」


 つぐみはそう言いましたが、気になってはいました。足跡が残っているこの浅瀬には、川向こうまで点々と川を渡れるような間隔で4つの石が置いてあります。でも、その反対側の岸は急な坂になっているので、その斜面を降りる道を知らなければ、降りてきません。しかもその道はこちら側の林道とは違い、個人のお家の庭先からしか出られないことをつぐみは知っていました。


 それと、彼女がもう一つ気にしたのは、その足跡は女の子の靴の足跡だと言うことに気が付いたのです。


「どうしたんですか?」


 さおりが考え込んでいるつぐみに声をかけてきました。


「うん、ちょっと不思議だなって思って…」


 結局その日は、テーブルクロスやまだ決まっていないメニューなどを考えるので終わってしまいました。


 なにしろ、このような山奥では材料を買ってくるだけでも大仕事です。しかもお家ではなく、学校の家庭科室を借りての準備になるので、早めに決めておく必要があったのです。


 この文化祭は、地元の人たちも混じってくる大きなお祭りの一つになっていて、学校のお祭りとは言っても中途半端にする訳にはいきません。その分三人とも真剣になっていたのです。つぐみは去年、先輩に頼まれてケーキを焼いたりクッキーを作ったりしていたので、それを楽しみにしている人がいると知っていればなおさらでした。


 お家に帰ると、つぐみは思い出したように、気になったことをまなみに話しました。


「あの足跡、もしかしたら……」


「私もそうかなって思ったよ。でも、ここ数年来てなかったし、来たら必ず遊びに来てくれていたのに。来ないなんて何かあったんだと思う……」


 二人が話しているのは、さっきの小川の反対側にある坂の上のお家にいつも夏場になると避暑に来ていた子のことを思い出していたのです。


 二人よりも1つ年上で、つぐみたち二人も当時は避暑と療養に夏休みなどに来ていた時に、その子と仲良くなって見つけだしたのがあの河原でした。


 だから、当時はつぐみとまなみ、そしてもう一人の女の子三人だけの秘密の遊び場だったのです。そして、あの坂を下り、川を渡ってこちらの森に抜けてくる道は、彼女たちだけが知っている秘密の近道でした。それを他の人が知っているとはつぐみには思えなかったのです。


「とにかく、夏休みになったら一度行ってみよ。そうすればはっきりするよ」


「うん。でも、もし違っていたら、あの遊び場も汚されちゃうかもね……」


 最近は、この山深い森の中にも、都会から大きな車でやってきて、キャンプをしたりする人が増えてきていました。でも、その後かたづけが出来ていないところも多く、河原が少しずつ汚れ始めていたのです。暇を見ては彼女たちもゴミ拾いなどには行くのですが、それを見ては悲しくなってしまうのでした。


 人間のゴミが多いところでは、彼女たちの友達でもある山の動物たちも川辺まで安心して降りてこられません。心ない誰かが荒らしてしまえば、動物たちも彼女たち人間のことを信頼しなくなってしまうかもしれなかったのです。


 あの河原はまだ、地元の人でもほとんど知らないし、まして外から来る人たちには誰にも知られていない貴重な場所でもありました。


 学校の文化祭の問題も抱えていましたが、それ以上に二人にとっては、その家から来たと思われる人の方が気になっていたのです。


「まなみ、またみんなで遊びたいよね……。元気だったなぁ……」


「うん、元気にしてるといいね。お姉ちゃん、明日の終業式寝坊したら大変だよ」


「うん、おやすみ」


 つぐみは妹に言ったものの、その日はなかなか寝付けませんでした。不安なのか、それとも期待なのか……。つぐみにもそれは分かりませんでした。


 まなみの立てる小さな寝息を聞きながら、つぐみはいろいろ考え込んでいたのです。文化祭のこと、森の動物たちのこと、そして、会えなくなってしまった懐かしい友達のこと…。


 つぐみがようやく目を閉じたのは、もう夜も相当更けてからでした。


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