第4章 小さな勇気を
第1話
(初出:「Little Courage」2001年)
「そっかぁ。大変だったよね。もうあれから半年経つんだね」
森の中を流れている小川の河原に三人の女の子が、それぞれ思い思いに腰を下ろしていました。その中の一人、江原つぐみは川のせせらぎを見つめながら話しました。
「そうですね…。あの頃は不安だらけで、何も出来ない私でしたけど…」
手元にあった小石をポーンと川の中に投げ込んで答えたのは春名さおり。つぐみの家の隣にこの春に越してきたお友達です。
「でも、今はすっかり元気になったもんね。初めて会った頃とは全然違うよね」
「変わりましたねぇ。でも、本当に来た頃とは体が別人みたいに軽いんですから」
さおりが笑って答えたのは、もう一人、つぐみの双子の妹のまなみでした。
この三人はお家がお隣同士でした。彼女たちの住んでいる場所は、山の中に少し開けた町からまた離れた森の中にあり、その森の中の所々に点々とお家が建っています。
子供たちも少なくなってしまったこの周辺で、同じ年の友達は姉妹二人だけだったつぐみとまなみに、この春新しいお友達が増えました。春名さおり、彼女はこの春に体調を壊してしまって、この町に引っ越してきたのです。
春休みまでの間でしたが、リハビリの練習と言うことで一緒に学校に通いました。春休みに一度さおりは元の都会に戻っていったのですが、この年の1学期になって、突然彼女は戻ってきたのでした。
「でも、よく戻って来てくれたよね。家族の人は反対したんでしょう? 私もまなみも諦めてたんだ。もう会えないんじゃないかって……」
「だって、帰ったらまたすぐに気持ち悪くなって、病院に行ってたんです。もう私あの街には住めないんだって思いました。そしたらつぐみちゃんたちの言葉の意味が分かって」
さおりは二人を見ました。彼女もそうですが、つぐみとまなみの姉妹も、元々は療養に来て、そのまま引っ越してきてしまったのですから。
「そうだね。もう戻れないって言ってたんだっけね」
「お医者さんは体には何の問題もないって言ってるんだけど、きっと気分なんだろうね」
春にはまだ来たばかりで、とまどいもあったさおりですが、こうして半年が経って、今ではすっかりこの生活が気に入っていました。都会の生活に比べると不便も多いのですが、それはそれで慣れてしまえばそれほど苦にはなっていないようです。
「話は変わるけど、今度またつぐみちゃんにお料理教えてもらわないといけませんね。学校祭までには間に合わせないと…」
さおりはため息を付いてしまいました。
「大丈夫。さおりちゃんにもできるって。私たちも一緒だしね」
彼女のため息の原因は昨日のクラス会議でした。
小学校から中学校まで一緒になっている彼女たちの学校では、秋になると体育祭と文化祭が学校祭として二日続けて行われます。この三人の中で体育祭に関係あるとすればまなみだけですが、今年は中学3年生の最上級学年と言うことで、文化祭での役割も多くしなければなりませんでした。
3年生といっても1クラスしかないので、1クラス1つというわけには行きません。そこで何人かずつグループになって出し物をすることになるのですけれど……。
「こんだけあって、食べ物屋が無いってのも寂しいよな…」
との声が挙がってしまい、いつの間にかつぐみたち三人にその役目が回ってしまったのです。
「つぐみちゃんならお料理上手だし、その服だったら衣装も用意しなくていいもんね」
とまで言われてしまえば、三人とも反論しようがありません。
「さおりちゃん、あまり難しく考えること無いよ…。お茶菓子の用意くらい簡単だから。でも、ちょっと人手不足だよね……」
まなみの言ったとおり、一番の心配はそれだったのです。他の出展も絡んでいるため、この喫茶店班には今のところ他に人が回せない状態なのでした。
それに、夏休みの間に構想を練って、2学期に入ったらすぐ用意に取りかからなくてはなりません。
ため息をついていても仕方ないと、その後は三人ともあまり気にはしていなかった期末テストなどの話をして過ごしていました。
本当ならお家で話していても構わないのですが、以前、この河原に来て、さおりから魚釣りなどを教わったまなみは、この浅瀬のある小さな河原が大のお気に入りになっていたのです。それ以来、この河原は三人の遊び場所でもあり、このような相談もできる場所になりました。おやつをバスケットに持って、1日のんびり過ごすのが三人の休日の過ごし方でした。
夕方になって、辺りが薄暗くなって来ると、三人は荷物を片づけ、河原を後にしました。
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