第5話


 8月も中旬にさしかかり、夏休みも終わりに近づいた頃、まなみ、つぐみ、瑞穂の三人は、二人のお父さんに連れられて、いつもは登ることはできない、山に入っていました。


 この辺りの山には、特別に登山道などもなく、森林事務所の道がそのまま地元の人たちに使われていました。


「この上からの眺めは最高だよ」


 前に一度だけ連れてきてもらったことがあるまなみは、その景色が忘れられず、今度は絶対に三人でと考えていたのでした。


 途中まではまなみたちだけでも行くことができるのですが、山頂にはいろいろと機械が置いてあるとの事で、いつもはゲートが閉まっていて、立入禁止になっていました。


 しかし、この時期になると台風シーズンを前に点検を行うのを知っていたまなみは、何度か頼んでいたのですが、この夏休みにようやく許してもらえたのでした。


「いいかい? この先はいつもの道とは違って、危ないところがたくさんあるから、勝手に進んでいかないこと。いいね?」


 まなみたちのお父さんはそう三人に言い聞かせると、車に乗って出発しました。


 いつも引き返すゲートを開けて、今日はその奥を進んでいきます。


 それまでの景色とは大して変わりませんが、ここでの生活が長い二人には、ぐっと自然の空気の色が濃くなったように感じました。人里に近いところでは、それなりに人間のにおいや感触が伝わってきますが、ここではそれが遙かに薄くなってきていました。


「確かに、今日はいつもの服装じゃなくてよかったかもね」


 瑞穂が言ったように、今日は三人とも、いつもの服装ではなく、寒くなっても平気なようにウィンドブレーカーや、動きやすいズボンなど、多少汚しても構わないようにしてきていました。確かにこんな山奥まで登って来るには、それは当然のことでした。


 道はいっそう細く急な上り坂になりました。そして、しばらくしたところで、小さな広場に出ると、車が止まりました。


「どうしたの?」


「ここから先は車では行けないよ。上に行きたいんだったら歩いて登るしかないが。どうするか? ここで待っていても構わないが?」


「せっかくここまで来たんだもん。歩いてだって登る!」


 そう答えたのは、意外にもまなみではなくてつぐみでした。


 数年前、二人が体調を崩したときに、まなみよりも症状がひどく、一時期は軽い運動しかすることが出来なかったつぐみが、体に健康を取り戻した今、妹よりも好奇心が旺盛になっていたのも仕方のないことかもしれません。


 出発してから1時間ほど。途中細い道があったりと慣れない三人が山頂に到着したのは先にお仕事に行ってもらうように頼んだお父さんが到着してから30分ほど経ってからのことでした。


 山頂には、気象観測の機械や、いろいろなアンテナがあり、その周りは見通しのいい景色が広がっていました。


「ね、ここからだと、まわりがなんにも無いから、遠くまで見渡せるよ」


 つぐみと瑞穂はしばし周りを見渡して、その景色に圧倒されていました。


「いつもこっちに来るとずいぶん遠くまで来たなって思うけど、こんなに周り広いんだねぇ……」


「きれいだね……」


 瑞穂とつぐみの感想はもっともでした。この日の天気はここ数日で一番恵まれていました。真っ青な空の下には、濃い緑の起伏の山々が並んでいました。遠くは1年中頂上に雪をたたえる山脈まで見ることが出来ました。


 確かに都会からは遠く離れ、人恋しくならない訳ではありませんが、まなみ達が元気を取り戻すには恵まれた場所でした。


「秋になると、紅葉がきれいだろうね…。こっちの紅葉見られないからなぁ…」


 ちょっと残念そうな瑞穂でした。聞けば彼女の周りでは紅葉はするものの、山一面が染まるなどの景色は無理で、公園や街路樹が精一杯と言うことです。それと比べると、この目の前に広がる山々が黄色や赤に染まっていく景色は、どうしても見たい物でしょう。


 四人は、その朝つぐみが気合いを入れて作ったお弁当を広げ、またお父さんがお仕事をしている時間はちょっとした周囲を探検することにしました。


 いつも森の中を歩いているだけあって、多少足下が悪くてもへいちゃらです。


 山頂に近いと言うだけあり、急な坂に木が生えている所も多く、あまり広い範囲を歩き回ることは出来ませんでしたが、登ってきた道の途中に、三人は珍しい物を見つけたのです。


「ねぇ、あそこの木の穴って、ふくろうだよね?」


「ほんとだ!」


 周りの木々よりも太い老木の途中に、小さな穴が空いていて、そこから1羽の丸い顔がそっと様子をうかがっているのがちらりと見えました。


 森に住む動物たちをほとんど知っているつぐみたち二人が他と間違えることはあまり考えられません。


「時々、鷹とか鷲とかいるんだよね。そっかぁ、こんな所に巣があるんだ」


 でも、それ以上は近づこうとしませんでした。中には恐らく雛がいるはずです。下手に近づくと親鳥から襲われてしまう事も考えられるからです。


 帰り道、車で引き返すときに、三人はその巣穴の事を一応お父さんに報告しておきました。森林事務所では希少動物の保護のために、その巣穴などが見つかると観察対象に加えているというのを教わっていたからでした。


「そうか、そんなところに巣があるのか…。それじゃ迂闊に近寄らないようにしないとな」


 お父さんもすぐに報告してくれる事を約束してくれました。でも、そのことが、数日後に大きな問題になるのを、このとき四人は知る由もなかったのです。


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