第2話



 駅からの帰り道の途中、三人は行きにつぐみたちが通った道路とは別の細い砂利道に入っていきました。


「へへ、近道しちゃお」


 それは、この森林を管理するために造られている林道のことです。管理用の道なので、普通の地図には途中までしか載っていなかったり、自動車では行けないところもたくさんあります。一般の人もほとんど入ることはないのですが、去年、二人はこちらに越してきて森林保護のお仕事に就いたお父さんにお願いして、この林道の全部が載っている地図を貰っていました。それを見ると、普通の道路では行くことができない奥地の場所までの道などが載っています。


 しかし、やはり危ないところも多いので、二人が通るのはその中でも安全と言われているところばかりですが、なによりも林の中を突っ切ることが出来るので、かなりの近道をすることも出来るようになっていました。


 去年から、二人はその地図を元に、お天気がいい日を見計らって、その道を探検するハイキングに出かけていました。そのおかげで、二人がよく行く場所や、お家の近くの林道はすっかり頭の中に入っているのです。


「熊とかは出ない?」


 この林道の存在は知っていても、さすがに中に入るのは初めての瑞穂は少し不安そうに言います。


「今まで熊は見たことないね。この季節には出てこないよ。でも、動物さんはいろいろいるよ。一番大きいので鹿かなぁ…」


「そんなのもいるんだぁ」


 彼女は周りを見回しました。確かにこの林の中では二人が言っているくらいの動物は出てきそうな気配です。


 最初、瑞穂は初めてと言うこともあって、足下もかなり気を付けて歩いていました。でも、その内そんな心配も不要だと気が付きました。一緒にいる二人も同じ格好をしているのに、二人はどんどん進んでいけます。二人は何も言わなくても、ちゃんと危ないところは避けてくれていました。


「こういう道って危なくないの?」


「うーん、危ない道は通らないよ。この靴じゃ行けないところも多いしね…。お父さんと一緒の時じゃないと…」


 やはり幼い二人では本格的に山の中にはいるのは危な過ぎると考えるのは、普通のことです。


 途中、リスやウサギなどの小動物や、鳥の巣などを見付けながら、いつの間にか三人は瑞穂の家の近くに来ていました。


「ね? 道路で来るよりも早かったでしょう?」


 瑞穂はお家に入って荷物を置いてくると、その帰りにお茶とお菓子を持って出てきて、庭のテーブルの上に置いてくれました。


「悪いよ、着いたばっかりなのに…」


「いいの。お迎えに来てくれたお礼。手作りじゃなくてごめんね」


 久しぶりと言うこともあって、お話は弾みました。今年は瑞穂が中学校に上がったと言うこともあったので、手紙ではその手の話も多かったのです。


 それに、この町では都会に出ていく人が多く、入ってくる人は少ないので、外から入って来る話は楽しみの一つでした。


「それにしても大きくなったよね。今年の春休みに誕生日やったときよりも大きくなったでしょう?」


 目を細める瑞穂に、二人はうなずいて答えました。


 クラスの中で一番遅い3月末の誕生日に加え、病気になってしまったこともあり、二人ともクラスの中で背の低い方でした。逆に4月生まれの瑞穂は身長も高く、すらっとしていて、二人にはうらやましく映っていました。学年的にはひとつしか差がないのですが、実際には2歳近い差があるので、体型や身長差に加えて性格でも妹に接するお姉さんのようになっていました。


 その二人も、病気がすっかりよくなってからというもの、すくすくと身長も伸びてきて、そのひ弱さがなくなってくるのが、瑞穂にとっての楽しみでした。


「来年ぐらいになったら、どっか遊びに行こうね」


「そうだね。いつもここだけじゃ飽きちゃうしね」


 お茶が底をついてしまうと、三人は庭の端にある小道に向かいました。もちろん、人が歩くのがやっとという程度の広さです。


「最近は雨降ってないから、川の水きれいだと思うよ」


 足で踏み固められただけの急な坂を、少しずつ用心しながら降りていくと、その終点には、幅が3メートルくらいの小川が流れています。深いところで15センチくらいのその小川は、森の中をひっそりと流れていて、道路を通っている人からはまず見つかることはありませんでした。もう少し下ると、川幅も広がり、谷間を流れるようになるので、地図にも描かれる流れになるのですけれど、ここは地図にも載っていない小川でした。地元の人たちでも、この一方は森、もう一方は個人の家があるという場所で、なかなか近づくことはありません。つぐみたちも、去年瑞穂と出会ってからここを知ったのです。


「あー、また流されちゃってるね」


「うん、去年遅くに台風が来たでしょ? それと今年は雪が多かったから雪解け水も多かったから……」


 三人は残念そうに川を眺めました。






 この岸の反対側は、少し広めの広場になっていて、お家の庭くらいの広さがあるのです。こちら側は坂を降り、三人も並んでしまうと、もう足場がなくなるので、いつも反対側で遊んでいました。でも、この川が浅いとは言え、スカートもたくし上げなければならないし、その状態で川を渡るというのは、少々危ないことでもあります。


 そこで、去年は三人で小石や少し太めの倒木を探してきて、簡単な橋を渡していたのでした。


 しかし、今はその陰はありません。去年の秋に襲った台風の勢いが強く、かなりの増水があったとお父さんから聞いていました。それに、この冬は雪が多かったので、その雪解け水の勢いで流されてしまったのは、予想していたこととは言え、落胆は隠せませんでした。


「何回やっても、結局流されちゃうからねぇ……。どうしようかなぁ……」


 本当なら、川を渡っておしゃべりしていてもよかったのですが、今日は瑞穂も疲れているだろうとのことで諦めることにしました。そうなると、ここにいても仕方ないので、もう一度瑞穂のお家の庭に戻った三人は、しばらく考え込んでしまいました。


 いろいろ案は出るのですが、三人だけで作るとなると、なかなかそう立派な物は作れないし、それだけの力もありません。


「仕方ない。また作り直しましょう。でも、もっと考えなきゃダメね……」


 その日は、もう日が落ち始めてしまったので、そこでお開きになりました。


「明日また遊びに来てね。新しいお菓子ご馳走してあげるから」


 瑞穂に見送られて、二人が家に着く頃には、もう辺りは暗くなり始めていました。さすがに、まだ小学生の二人には、暗い夜道は危険すぎるので、二人の門限は日没までに決まっていたのです。


 幸いなことに、両親は二人とも帰ってきていなかったので、つぐみは急いで夕食の用意を始めたのでした。

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