第3章 新しい予感に

第1話

(初出:「Presage」2001年)



 その年の夏休みは、いつもよりも二人は待ち遠しくて仕方ありませんでした。


「つぐみ、まだ電車来ないの?」


 さっきから待ちきれずに、小さな待合室を行ったり来たりと落ち着かない様子の女の子が、つぐみと呼んだもう一人に尋ねます。


 その子はずっと、待合室のベンチで本を読んでいて、じっと落ち着いている感じでした。


「まだ来ないよ。早く来すぎたんだよ。まなみがあんなに急かすから……」


「だって~!」


 柔らかそうなほっぺを膨らませるまなみ。


 二人の女の子は、江原つぐみとまなみ。小学校6年生の双子の姉妹です。


 双子と言っても二卵性の双子なので、あまり似てはいません。性格も妹のまなみはハキハキとしていつも元気で走り回っているのに比べて、お姉さんのつぐみは、どちらかと言えばおっとりとした性格です。でも、さすがにお姉さんと言うだけあって、肝心な場面ではしっかりしていました。


 二人が待っているのは、都会からずいぶん遠く離れた高原の小さな駅でした。列車も1時間に1本か2本。本当にこぢんまりとした駅ですが、二人も時々遊びにやってくるので、駅員さんとは顔なじみでした。


 昨日から夏休みに入って、この二人は学校の宿題もそこそこに、今日はお家を飛び出してきました。今日は宿題よりも、もっと大事な事がある日だったのです。


 林の中を通る道路を歩いて40分。二人が来たのがこの小さな駅でした。


 本当なら、近くのバス停からバスで行けるもう一つ先の駅もあるのですが、お休みになると混んでしまうので、この日だけはこちらの駅を選んでいました。


 今日は、年に数回、この小さな町に遊びにくる友達を待つ日だったのです。


 子供たちの数も減ってしまい、二人ともなかなか遊ぶ相手もいませんでした。


 2年前、元々は都会育ちだった二人が体調を崩してから、この町に引っ越してきたのです。そのときは、外で遊び回ると言うことも出来なかったのですが、今ではそれもすっかり治り、遊び盛りの小学6年生となっては、普段誰も相手がいないというのは寂しい物です。


「あ、来たよ」


 遠くから汽笛がきこえ、2両編成の列車が滑り込んできました。


 車内は避暑に来たお客さんで結構な混雑です。


 列車から降りたのは五人ほど。駅員さんに切符を渡すと、一人の女の子が二人の所に駆け寄ってきました。


「お久しぶり~!」


「瑞穂ちゃんおかえり~」


 彼女の名前は小森こもり瑞穂みずほと言って、つぐみたちとは去年の夏休みからの彼女たちよりもひとつ年上のお姉さんの知り合いです。普段はここから何時間も離れた都会に住んでいるのですが、学校がお休みになると別荘のあるこの町に来て、お休みを過ごしているときに出会ったのです。


 お父さんが、大きな会社の偉い人ということらしく、家族と一緒に来られるわけではないようで、今日も瑞穂は大きなバックを一人で持ってきていました。一人ではきっと楽しくないのでしょう。初めて出会ったときから、つぐみたちと瑞穂は本当の姉妹のように接していました。


 いつも一人で来る知らせを聞いて、二人は駅までの出迎えを約束していたのです。


「二人とも体の具合はどう?」


 再び荷物を持ち直すと、彼女は二人に尋ねました。


「もう全然平気だよ。お医者さんにも平気だって言われてるし」


「そう、良かったねぇ」


 まなみの頭を撫でる瑞穂は、二人から見ても憧れでした。背が高く、澄んだ大きな瞳は賢そうな光を放っています。そして、またみたちもそうなのですが、瑞穂もまた、着ている服は彼女の性格を表しているような、女の子らしい飾りの付いた物を好んでいるようで、今日彼女が着てきた服も、真っ白なたくさんのフリルの着いたワンピースでした。


 そして、下ろすと長くて軽くウェーブのかかった髪の毛を、これも大きな白いリボンでまとめています。二人が見ても手間のかかる格好をきちんと着こなしていることからも、瑞穂の育ちの良さが伺えました。


「この夏休みはいつまでいてくれるの?」


 一番気になるこれを質問するのはいつもつぐみの役目です。それによって、彼女たちのスケジュールも大きく変わってきてしまうからなのです。


「今年も夏休みめいっぱいこっちにいるつもり。結局帰ってもなにもある訳じゃないし。こっちにいた方が楽しいからね」


 つぐみたちには、まだ瑞穂のお家の難しい事情は分かっていませんでしたが、とりあえず今は一緒に夏休みが過ごせると言うだけで、嬉しいことだったのです。


「さ、お家に行きましょ。つぐみちゃんにまた新しいお菓子教えてあげなくちゃね」


 この三人の夏休みは、このようにして始まったのでした。


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